・・・ない思いやり、骨惜しみない扶け合い、そういうものが新しい結婚や家庭の生活にますますゆたかにされなければならず、そういう潤沢なあふれる心は、つまり今日の波濤の間で私たちの明日が不測であるからこそ、今日を精一杯によりよく生きるための努力を惜しま・・・ 宮本百合子 「家庭創造の情熱」
・・・卑屈なりに今日は精一杯の抗議感を、その切口上のうちに表現しようと力をこめているのが私にまで感じられるのであった。 主任はいろいろきいている。しかし実は何もする気でない事は、その顔つきで分っている。傍できいていて自分は、この父親の態度が歯・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・したがって、目前にもがいている、そのせつなさ、その叫びが精一杯であって、どうして生活のボートはひっくりかえされたのか、漕ぎての責任よりもあるいはボートそのものが、にせボートをつかまされていたのかもしれない、などという考察は、系統づけてされて・・・ 宮本百合子 「『この果てに君ある如く』の選後に」
・・・この作家の持ち前のなだらかに弾力ある生活の力は、少女時代から結婚生活十七年の今日までの間に、社会の歴史の推移について妻の境涯もなかなかの波瀾を経て来ていて、しかも、それぞれの時期を本気で精一杯に生きて来ている。十六の少女として父さんと浜で重・・・ 宮本百合子 「『暦』とその作者」
・・・あることに動こうとする自分の本心が、人間としてやむにやまれない力におされてのことだという自信があってこそ、結果の成功、不成功にかかわりなく、精一杯のところでやって見る勇気を持ち得るのだと思う。その上で成功すれば成功への過程への自信を、失敗す・・・ 宮本百合子 「自信のあるなし」
・・・ 孝子夫人と母と、この二人の女いとこは、溌溂とした明治の空気のなかから生れ出て、それぞれに精一杯の生きようをした女性であった。そのことのまじりけなさの故にこそ、私たちが血縁をもって結ばれているという事実も人間史の鏡に映って云うに云えない・・・ 宮本百合子 「白藤」
青春の微妙なおもしろさは、その真只中にいるときは誰しもそれを、後で思い出のなかでまとめるような形ではっきり自覚しないまま、刻々を精一杯によろこび、悲しみながら生きてゆくところにあるのではないだろうか。人間の精神のなかで青春・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・働く娘たちは、体と心と精一杯その青春を社会のために役立てながら、その現実に決して自信をもちきってはいない。男に働く娘を妻としたがらない気持のつよくあることを彼女たちはまざまざと知っている。どんなに給料をやすくしてくれても女の結婚難はそのこと・・・ 宮本百合子 「働く婦人」
・・・牧子は瀬川の母、その姉、良人とまるで立場のちがう妹夫婦という錯雑した家族の間で、子供を育てながら精一杯の努力でやりくりして、瀬川の出て来るのを待った。瀬川は、前の冬にかえって、埼玉のそこへ勤めはじめていたのであった。 そのときも、ひろ子・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・父親がない子だからと、ひとにからかわれまいと精一杯の善意でうごく女の心さえ、それなり健全な影響を幼い子の上におよぼすとはいい切れない。 産めよ。殖やせよ。この頃のその声である若い友達はあまりああいわれると何人生んでもどこかで何とかして貰・・・ 宮本百合子 「若い母親」
出典:青空文庫