・・・その熱のために、とうとう腎臓をわるくした。ひとを、どんなひとをも、蔑視したがる傾向が在る。ひとが何かいうと、けッという奇怪な、からす天狗の笑い声に似た不愉快きわまる笑い声を発するのである。ゲエテ一点張りである。これとても、ゲエテの素朴な詩精・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ワールブルヒは腎臓でもわるいかと思われるように顔色が悪く肥大していて一向に元気がなかったが、ゴールトシュタインは高年にかかわらず顔色も若々しく明るい上品な感じのする人であった。プランクはこの人に対していつもわざとらしからぬ敬意を表しているよ・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・この素晴らしい父は、一八三八年、カールが二十歳の時に腎臓病のためにトリエルで死んだ。 母のアンリエットは、オランダ生れのユダヤ婦人でユダヤ語とはちがうドイツ語を、完全に発音さえ出来なかった。博識な良人につれそう家事的な情愛深い妻としてア・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 松葉茶をのんでいるのだろうが、この茶屋の隠居さんは腎臓がわるいとかで、凝った隠居部屋のわきの別室に寝台を置いている。お内儀さんが、わざと、そこの部屋の見えるように障子をあけた。きっと、山の中では珍しい寝台やその上にかかっている厚い羽根・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・[自注19]小野さんが急逝されたこと――音楽家関鑑子の良人、新協劇団演出家小野宮吉、数年来の腎臓結核によって死去した。[自注20]須山さん――須山計一。[自注21]大月さん――大月源二。[自注22]劇団葬――新協劇団・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そのとき心臓と腎臓が破壊され視力も失い、言語も自由でなくなった。戦争の年々にそろそろ恢復したが、この三、四年来の繁忙な生活で去年の十二月、講演会のあと、動けなくなった。ある治療のおかげでこの五月ごろになってやっと二階から階下へ降りられるよう・・・ 宮本百合子 「孫悟空の雲」
・・・十二日から二十七日まで毎日注射をうけたこと、十四日にレントゲン写真腎臓結石とわかったこと、十八日には入浴を許可されたこと、二十一日に「A1連中ヨリ夕食ニスープ及ジェリーヲ贈ラル。礼状出ス」家族にわたした金の額などまで書かれています。二十七日・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・ 十七年危篤に陥ったとき腎臓をいためていたまま戦時中手当ができず、その後の活動によって慢性の難治な状態になっています。十二月から三月ごろまで尿毒症の危険があり、視力喪失の危険もあったので様々の治療を試みています。また医者も通院を禁止し・・・ 宮本百合子 「文学について」
・・・父は休養のつもりであった。腎臓に結石のあることを診断した医師達も、そう急変が起りそうな条件は見出していなかった。六十九歳まで生きた父がもう生き続けていられなくなった生命の不調和は、亡くなる日の午後まで元気とユーモアに充ちていた丸々した体内に・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫