・・・ 土曜といわず日曜といわず学校の帰り掛けに書物の包を抱えたまま舟へ飛乗ってしまうのでわれわれは蔵前の水門、本所の百本杭、代地の料理屋の桟橋、橋場の別荘の石垣、あるいはまた小松島、鐘ヶ淵、綾瀬川なぞの蘆の茂りの蔭に舟をつないで、代数や幾何・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ 生涯の目的が定まって居ないからこれから先行く学校は自分でも分らず親類の者の考えで蔵前を受けて誰でもが予想して居た通りの結果で選抜されるほどの頭も鬼っ子で持って居なかった。 或る学校の補欠の試験を受けるつもりで当人は居るけれ共身内の・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・周囲 部屋。蔵前の。雪げの日、スエ子と遊んだこと。遊び乍らの夢想。 一、Aの帰国 Aの田舎 一、困乱、安積A、田舎へ再びゆく。 一、家さがし、 一、別居生活、不なれな生活から来るヒステリー 一、作、Aの仕事、・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(一)」
・・・それから蔵前を両国へ出た。きょうは蒸暑いのに、花火があるので、涼旁見物に出た人が押し合っている。提灯に火を附ける頃、二人は茶店で暫く休んで、汗が少し乾くと、又歩き出した。 川も見えず、船も見えない。玉や鍵やと叫ぶ時、群集が項を反らして、・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫