・・・助手三人と、立ち会いの医博士一人と、別に赤十字の看護婦五名あり。看護婦その者にして、胸に勲章帯びたるも見受けたるが、あるやんごとなきあたりより特に下したまえるもありぞと思わる。他に女性とてはあらざりし。なにがし公と、なにがし侯と、なにがし伯・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ 婆さんは額の皺を手で擦り、「はや実にお情深い、もっとも赤十字とやらのお顔利と申すこと、丸顔で、小造に、肥っておいで遊ばす、血の気の多い方、髪をいつも西洋風にお結びなすって、貴方、その時なんぞは銀行からお帰りそうそうと見えまして、白・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・彼は二年間に赤十字社に三度入院した。医師に勧められて三度湯治に行った。そしてこの間彼の精神の苦痛は身体の病苦と譲らなかったのはすなわち彼自身その不健康なるだけにいよいよ将来の目的を画家たるに決せんと悶いたからである。 それでこのごろは彼・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・絵画、音楽、詩などを代表した花車も来る。赤十字の旗を立てた救護隊も交じっている。ずっとあとから「女皇中の女皇」マドムアゼルなにがしと言うのが花車の最高段の玉座に冠をいただいてすわっている。それからいろいろ広告の山車がたくさん来て、最後にまた・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・古い服の袖に赤十字の腕章をピンで止めたきりの普通のなりで、その上へいつも研究所で着ている白いブルースを着けるだけで、キュリー夫人はどんな特別の服装もしなかった。食事のとれないなどということはざらであった。どんなところででも眠らなければならな・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・手紙は来るようになりました。赤十字の印のついた往復葉書で手紙が来るのです。このごろ私たちはまるで知らない人から、そういう葉書を貰いました。日本語で書いてあるわけですが、それを読むとこういうことが書いてある――どういう本を読んでいるということ・・・ 宮本百合子 「社会と人間の成長」
・・・適当な間をおいて、赤十字のしるしのついた救護班のトラックをしたがえ、蜒々たる隊列は、標語板を林のようにゆるがせながら東京の焼け跡の街を押して来る。大手町の方を眺めると、歌声のとどろきと旗の波が刻々増大し、つきぬ流れは日本橋へ向っている。女の・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
出典:青空文庫