・・・社会的活動から遮断されたいきぐるしさを感じるのです。現在ではそういう若い妻たちが案外に多いのだから、地域的な民主的組織が、主婦という条件を考慮した上での協力をひろげてゆくことがどちらのためにも必要です。イタリーのようにファシズムでしめつけら・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
暗くしめっぽい一つの穴ぐらがある。その穴ぐらの底に一つの丸い樽がころがされてあった。その樽は何年もの間、人目から遮断されたその暗がりにころがされていて、いそがしく右往左往する人々は、その穴ぐらをふさいでいる厚板の上をふんで・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第七巻)」
・・・一年間の留置場生活の内容は、完全に遮断されている妻には一切しらされなかった。宮本の母さえも、警視庁で命ぜられたとおり自分が息子の顕治に面会した場所や健康状態については、沈黙を守っているという有様であった。 さかのぼって考えれば一九三一年・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・若い世代は、その人々の怠慢によって知らなかったのではなく、暴力によって現実から遮断され、学ぶことを奪われていた一時期をもっている。人生について、社会の歴史の動きについて知らされなかった時期は、文学についてもまた知らされなかった多くのことのあ・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・その悲惨を脱却するために役だつ国際的な文化交換というようなものは勿論遮断されていた。日本の侵略戦争が進められているあいだに、私たちはどんなに度々フランスのことを思ったろう。ポーランドのことを思ったろう。そしてソヴェト同盟の人々が献身して愛す・・・ 宮本百合子 「新世界の富」
・・・ 日比谷公園 六月二十七日 ○梅雨らしく小雨のふったり上ったりする午後、 ○池、柳、鶴 ペリカン――毛がぬけて薄赤い肌の色が見える首、 ○ただ一かわの樹木と鉄柵で内幸町の通りと遮断され 木の間から黄色い電車、緑色の水・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・日本の人民は細長い島の国の上で、全く世界から遮断され、すきなままに追い立てられた。超国家主義の合言葉の下に、世界といえば日本のほかにナチス・ドイツとファシスト・イタリーしか存在しないように。――ラジオの子供の時間が、ドイツとイタリーは日本の・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・そういう子供の官能の陶酔は、にょっきり草の中から半身あらわしたこわい人によって道灌山から遮断された。 田端へ汽車を見に行ったり、こうして道灌山で遊んだりしたとき、子供たちと一緒に来たのは、誰だったのだろう。 母ではなかった。母は・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・ ところが、二葉亭四迷の芸術によって示された文学の方向、影響は、上述の日本の事情によってそのままには発展させられず、硯友社尾崎紅葉等の作風に遮断されている。 紅葉が活動した時代、日本には既に憲法があり、国会が開かれており、官員さんの・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
この数年の間、私たちは全く外国文学から遮断されて暮して来た。 第一次欧州大戦の後、ヨーロッパの文学が、どんなに変化したかということについては、或る程度知ることが出来ていた。けれども、それにしても十分ということは出来ず例・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
出典:青空文庫