・・・家といったってどうせ荒家で、二間かそこいらの薄暗い中に、お父もお母も小穢え恰好して燻ってたに違いねえんだが……でも秋から先、ちょうど今ごろのような夜の永い晩だ、焼栗でも剥きながら、罪のねえ笑話をして夜を深かしたものだっけ、ね。あのころの事を・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 爺さんはそう言いながら、側に置いてある箱から長い綱の大きな玉になったのを取り出しました。それから、その玉をほどくと、綱の一つの端を持って、それを勢よく空へ投げ上げました。 すると、投げ上げた網の上の方で鉤か何かに引っかかりでもした・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・太長い足であった。 寝ることになったが、その前に雨戸をあけねばならぬ、と思った。風通しの良い部屋とはどこをもってそう言うのか、四方閉め切ったその部屋のどこにも風の通う隙間はなく、湿っぽい空気が重く澱んでいた。私は大気療法をしろと言った医・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・スタンブールから此ルシチウクまで長い辛い行軍をして来て、我軍の攻撃に遭って防戦したのであろうが、味方は名に負う猪武者、英吉利仕込のパテント付のピーボヂーにもマルチニーにも怯ともせず、前へ前へと進むから、始て怖気付いて遁げようとするところを、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 横井は彼の訪ねて来た腹の底を視透かしたかのように、むずかしい顔をして、その角張った広い顔から外へと跳ねた長い鬚をぐい/\と引張って、飛び出た大きな眼を彼の額に据えた。彼は話題を他へ持って行くほかなかった。「でも近頃は節季近くと違っ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・その男はそのときどんなことを思ったかというと、これはいかにも古都ウィーンだ、そしていま自分は長い旅の末にやっとその古い都へやって来たのだ――そういう気持がしみじみと湧いたというのです」「そして?」「そして静かに窓をしめてまた自分のベ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 川柳は日の光にその長い青葉をきらめかして、風のそよぐごとに黒い影と入り乱れている。その冷ややかな陰の水際に一人の丸く肥ッた少年が釣りを垂れて深い清い淵の水面を余念なく見ている、その少年を少し隔れて柳の株に腰かけて、一人の旅人、零落と疲・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・というのが夫婦愛で、これは長い年月を経済生活、社会生活の線にそうて、助け合ってきた歴史から生まれたものである。 そして不思議なことには、この人は子どもも可愛がるが、生活欲望も非常に強い。妻らしく、母らしい婦人が必ずしも生活欲望が弱いとし・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 下顎骨の長い、獰猛に見える伍長が突っ立ったまゝ云った。 彼は、何故、そっちへ行かねばならないか、訊ねかえそうとした。しかし、うわ手な、罪人を扱うようなものゝ云い方は、変に彼を圧迫した。彼は、ポケットの街の女から貰った眼の大きい写真・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・「そんなものだったかネ、何だか大変長い間見えなかったように思ったよ。そして今日はまた定りのお酒買いかネ。」「ああそうさ、厭になっちまうよ。五六日は身体が悪いって癇癪ばかり起してネ、おいらを打ったり擲いたりした代りにゃあ酒買いのお使い・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫