・・・ まだ外に書きたい問題もあるが、菊池の芸術に関しては、帝国文学の正月号へ短い評論を書く筈だから、こゝではその方に譲って書かない事にした。序ながら菊池が新思潮の同人の中では最も善い父で且夫たる事をつけ加えて置く。・・・ 芥川竜之介 「兄貴のような心持」
・・・して見れば菊池寛の作品を論ずる際、これらの尺度にのみ拠ろうとするのは、妥当を欠く非難を免れまい。では菊池寛の作品には、これらの割引を施した後にも、何か著しい特色が残っているか? 彼の価値を問う為には、まず此処に心を留むべきである。 何か・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・短歌 我我の生活に欠くべからざる思想は或は「いろは」短歌に尽きているかも知れない。 運命 遺伝、境遇、偶然、――我我の運命を司るものは畢竟この三者である。自ら喜ぶものは喜んでも善い。しかし他を云々するのは僣越であ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・このカッフェに欠くべからざるものだから、角砂糖。ETC. ETC. この店にはお君さんのほかにも、もう一人年上の女給仕がある。これはお松さんと云って、器量は到底お君さんの敵ではない。まず白麺麭と黒麺麭ほどの相違がある。だから一つカッフェ・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・仰向けになって鋼線のような脚を伸したり縮めたりして藻掻く様は命の薄れるもののように見えた。暫くするとしかしそれはまた器用に翅を使って起きかえった。そしてよろよろと草の葉裏に這いよった。そして十四、五分の後にはまた翅をはってうなりを立てながら・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・彼らは第四階級以外の階級者が発明した文字と、構想と、表現法とをもって、漫然と労働者の生活なるものを描く。彼らは第四階級以外の階級者が発明した論理と、思想と、検察法とをもって、文芸的作品に臨み、労働文芸としからざるものとを選り分ける。私はそう・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・次第に馴れて来て、その手が犬の背中を一ぱいに摩って、また指尖で掻くように弄った。 レリヤは別荘の方に向いて、「お母あさんも皆も来て御覧。私今クサカを摩って居るのだから」といった。 子供たち大勢がわやわやいって走り寄った。クサカの方で・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・昔は何日の間にか五七五、七七と二行に書くことになっていたのを、明治になってから一本に書くことになった。今度はあれを壊すんだね。歌には一首一首各異った調子がある筈だから、一首一首別なわけ方で何行かに書くことにするんだね。B そうすると歌の・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・詩を書く人を他の人が詩人と呼ぶのは差支ないが、その当人が自分は詩人であると思ってはいけない、いけないといっては妥当を欠くかもしれないが、そう思うことによってその人の書く詩は堕落する……我々に不必要なものになる。詩人たる資格は三つある。詩人は・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・……寝て一人の時さえ、夜着の袖を被らなければ、心に描くのが後暗い。…… ――それを、この機会に、並木の松蔭に取出でて、深秘なるあが仏を、人待石に、密に据えようとしたのである。 成りたけ、人勢に遠ざかって、茶店に離れたのに不思議はある・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
出典:青空文庫