・・・僕は小えんの身になって見れば、上品でも冷淡な若槻よりも、下品でも猛烈な浪花節語りに、打ち込むのが自然だと考えるんだ。小えんは諸芸を仕込ませるのも、若槻に愛のない証拠だといった。僕はこの言葉の中にも、ヒステリイばかりを見ようとはしない。小えん・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・』と、至極冷淡な返事をしますと、彼は不服そうに首を振って、『それは彼等の主張は間違っていたかもしれない。しかし彼等がその主張に殉じた態度は、同情以上に価すると思う。』と、云うのです。そこで私がもう一度、『じゃ君は彼等のように、明治の世の中を・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・そして外面的にはずいぶん冷淡に見える場合がないではなかったが、内部には恐ろしい熱情をもった男であった。この点は純粋の九州人に独得な所である。一時にある事に自分の注意を集中した場合に、ほとんど寝食を忘れてしまう。国事にでもあるいは自分の仕事に・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・しからば君は天性冷淡な人かとみれば、またけっしてそうでないことを僕は知っている。君は先年長男子を失うたときには、ほとんど狂せんばかりに悲嘆したことを僕は知っている。それにもかかわらず一度異境に旅寝しては意外に平気で遊んでいる。さらばといって・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・と、僕はあくまで冷淡だ。「どうして、先生、私の方は無事どころじゃアございませんの。あれからというものは、毎日毎日、この子の眼病の話で、心配は絶えやアしませんよ」まだ僕の同情を買おうとしているらしい。「いい気味だ!」僕の心は、しかし、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・女房はこの出来事に体を縛り付けられて、手足も動かされなくなっているように、冷淡な心持をして、時の立つのを待っていた。そしてこの間に相手の女学生の体からは血が流れて出てしまうはずだと思っていた。 夕方になって女房は草原で起き上がった。体の・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ あれほど、母親は、自分をかわいがってくれたのに、そして、死んでからもああして自分の身の上を守ってくれたのに、自分はそれに対して、あまり冷淡であったことに、心づきました。きっと、これは母の怒りであろうと思いましたから、子供は、懇ろに母親・・・ 小川未明 「牛女」
・・・ しかし、このことは、一般が冷淡なる程、しかく差迫っていない問題であろうか、すでに、社会上の役割を終った老人等が、彼等の老後、貧困に陥り、衣食に窮するに至るとせば、当然、その責をこの社会が負うことを至当とするからである。これについては、・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・私はそれを父の冷淡だと思うくらい気の廻る子供だったが、しかしそのころは大阪では良家のぼんちでない限り、たいていは丁稚奉公に遣らされるならわしだったのだから、世話はない。 いったいに私は物事をおおげさに考えるたちで、私が今まで長々と子供の・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 小沢はわざと冷淡な声を出しながら、窓の外の雨の音を聴いていた。…… 悪の華 午前六時の朝日会館――。 と、こうかけば読者は「午後六時の朝日会館」の誤植だと思うかも知れない。 たしかに午前六時の朝日会館など・・・ 織田作之助 「夜光虫」
出典:青空文庫