・・・彼はいつでも冬季の間に肥料を拵えて枯らして置くことを怠らなかった。西瓜の粒が大きく成るというので彼は秋のうちに溝の底に靡いて居る石菖蒲を泥と一つに掻きあげて乾燥して置く。麦の間を一畝ずつあけておいてそこへ西瓜の種を下ろす。畑のめぐりには蜀黍・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・また、草木に施す肥料の如き、これに感ずるおのおの急緩の別あり。野菜の類は肥料を受けて三日、すなわち青々の色に変ずといえども、樹木は寒中これに施してその効験は翌年の春夏に見るべきのみ。 いま人心は草木の如く、教育は肥料の如し。この人心に教・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・今年はずいぶん難儀するだろう。それへ較べたらうちなんかは半分でもいくらでも穫れたのだからいい方だ。今年は肥料だのすっかり僕が考えてきっと去年の埋め合せを付ける。実習は苗代掘りだった。去年の秋小さな盛りにしていた土を崩すだけだったから何でもな・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・そんなに肥料うんと入れて、藁はとれるたって、実は一粒もとれるもんでない。」「うんにゃ、おれの見込みでは、ことしは今までの三年分暑いに相違ない。一年で三年分とって見せる。」「やめろ。やめろ。やめろったら。」「うんにゃ、やめない。花・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・またあんまり厚く蒔き過ぎたというのでもない。まあ一反歩四升位蒔いたでしょう。」農民二「そうでごあんす、そうでごあんす、丁度それ位蒔ぎあんすた。」爾薩待「そうでしょう。また肥料があんまり少ないのでもない。また硫安を追肥するのに濃過ぎた・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・盆の十四日が百姓平次郎に鉈をふるわせる厄日であり、室三次の命の綱である馬が軍隊に徴発され、その八十円を肥料屋と高利貸に役場で押えられた室三次の女房は絶望して発狂した等々。それらを部落の一般経済事情の分析とともに、僕なるプロレタリア作家とは組・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ 肥料なんど七割近い騰貴で、問題にならぬ。税の滞納は村の九分通りだそうである。初めのうちは皆心配したり、びくついていたが、村じゅうこうなっては却って力がついて、一つかたまって減主義的な方法で耕作するために、随分富農や反動分子との闘争を経・・・ 宮本百合子 「今にわれらも」
・・・私は心から御前を思ってたけれ共お前は私を自分の美くしくなる肥料につかったっきりなんだものネエ、見こまれたと知ってにげられなかったんだもの。私はお前の美くしいと云う事をあんまり見すぎてしまった、それで又私はあんまりお前からくらべると正直だった・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・彼らは花園に接近した地点を撰ぶと、その腐敗した肺臓のために売れ残って腐り出しただけの魚の山を、肥料として積み上げた。忽ち蠅は群生して花壇や病舎の中を飛び廻った。病舎では、一疋の蠅は一挺のピストルに等しく恐怖すべき敵であった。院内の窓という窓・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ 果実のためには、できるならば、根を培う肥料をえらばなくてはならぬ。 根に対する情熱を鼓吹し、その根の本能的に好むところの土壌のありかを教え、そうして幾千年来堆積している滋養分をその根に供給してやるのが教育の任務である。特に大学教育・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫