出典:青空文庫
・・・まるでものを言うたび口から蛙が跳び出すグリムお伽噺の娘のように。 彼はそんなとき一人の男が痰を吐いたのを見たことがある。ふいに貧しい下駄が出て来てそれをすりつぶした。が、それは足が穿いている下駄ではなかった。路傍に茣蓙を敷いてブリキの独・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・胸をどきどきさせて、アンデルセン童話集、グリム物語、ホオムズの冒険などを読み漁った。あちこちから盗んで、どうやら、まとめた。 ――むかし北の国の森の中に、おそろしい魔法使いの婆さんが住んでいました。実に、悪い醜い婆さんでありましたが、一・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・や、それから、そのころようやく紹介されはじめたグリムやアンデルセンのおとぎ話や、「アラビアン・ナイト」や「ロビンソン・クルーソー」などの物語を、あるいは当時の少年雑誌「少国民」や「日本の少年」の翻訳で読み、あるいは英語の教科書中に採録された・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・しかしグリムの方則のような簡単明瞭なものは大陸で民族の大集団が移動し接触する時には行なわれるとしても、日本のような特殊な地理的関係にある土地で、小さな集団が、いろいろの方面から、幾度となく入り込んだかもしれない所では、この方則はあるにはあっ・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・ グリムやアンデルセンは北欧民族の「民族的記憶」のなごりを惜しんで、それを消えない前によび返してそれに新しい生命を吹き込んだ人ではないかと想像される。 近ごろわが国でも土俗学的の研究趣味が勃興したようで誠に喜ばしいことと思われるが、・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・中学時代になってからやっとイソップやグリムやアンデルセンにめぐり合って日本の外に他の世界があること、そこにはわれらとはよほどちがった生活と思想のあることを教えられたのであった。今の子供はコスモポリタンなお伽噺の洪水の波に押流されているような・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・明治二十年代の田舎の冬の夜はかくしてグリムやアンデルセンでにぎやかにふけて行ったのである。「しり取り」や「化け物カルタ」や「ヤマチチの話」の中に、こういう異国の珍しく美しい物語が次第に入り込んで雑居して行った径路は文化史的の興味があるであろ・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」