出典:青空文庫
・・・そしてどことなくイブセンの描いたのに似たような強い女も出て来た。さすがにワルキリーの国だと思われたりした。 オラーフ・トリーグヴェスソンが武運つたなく最後を遂げる船戦の条は、なんとなく屋島や壇の浦の戦に似通っていた。王の御座船「長蛇」の・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・その中で記憶に残っているものは、マコーレーのクライブの伝。パアレーの『万国史』。フランクリンの『自叙伝』。ゴールドスミスの『ウェークフィルドの牧師』。それからサー・ロジャス・デカバリイ。巴里屋根裏の学者の英訳本などである。中村敬宇先生が漢文・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・のモチイブなぞにも比較し得べきもののように思われるのであった。四 諦めるにつけ悟るにつけ、さすがはまだ凡夫の身の悲しさに、珍々先生は昨日と過ぎし青春の夢を思うともなく思い返す。ふとしたことから、こうして囲って置くお妾の身の上・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ヘダ・ガブレルと云う女は何の不足もないのに、人を欺いたり、苦しめたり、馬鹿にしたり、ひどい真似をやる、徹頭徹尾不愉快な女で、この不愉快な女を書いたのは有名なイブセン氏であります。大変に虚栄心に富んだ女房を持った腰弁がありました。ある時大臣の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 今は古い例を挙げたが、今度はもっと新しい例を挙げれば、イブセンという人がある。イブセンの道徳主義は御承知の通り、昔の道徳というものはどうも駄目だという。何が駄目かといえば、あれは男に都合の宜いように出来たものである。女というものは眼中・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・或人はイブセンの如く燃え立つ自己の正義感と理想とに写る人間の愚悪に忍びず詰問から、書く人がある。或者は、ゲーテの如く思索の横溢から或は又、外界と調和し得ぬ孤独な魂の 唯一の表現として人類は、多くの芸術・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・ミーダ 体も心も赤裸か、楽園を追われたアダムとイブと云いたいが、俺と云う憑きものがあるだけ、あの当時より複雑だ。カラ ああ私も、久しぶりで堪能した。ちょいちょい小出しに楽しもうと蓄めさせた涙の壺、霊の櫃だけでも彼那になった。ヴィ・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ アダム、イブの話。 ノアの箱舟。 クリストの子供の時の話。 Babel の塔。 其の他種々の話を、彼は我々が日常の出来事に対して云う通りな静かな事実を有りのまま物語って居る様な口調で話した。 子供にお噺だと云う感じ・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・の運動は、日本にイブセンとかエレン・ケイとか、婦人の解放を観念の面から取扱った思想が文芸運動として輸入された一九〇八年頃結成された。『青鞜』は文化運動としての女性の天才の発揮、限りない知的能力の発露ということを目標とした。けれども、根深い婦・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・義務が事実として証拠立てられるものでないと云うことだけ分かって、怪物扱い、幽霊扱いにするイブセンの芝居なんぞを見る度に、僕は憤懣に堪えない。破壊は免るべからざる破壊かも知れない。しかしその跡には果してなんにもないのか。手に取られない、微かな・・・ 森鴎外 「かのように」