出典:青空文庫
・・・女主人公はマリアでなければクレオパトラじゃありませんか? しかし人生の女主人公は必ずしも貞女じゃないと同時に、必ずしもまた婬婦でもないのです。もし人の好い読者の中に、一人でもああ云う小説を真に受ける男女があって御覧なさい。もっとも恋愛の円満・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・ 我ら会員は相次いでナポレオン、孔子、ドストエフスキイ、ダアウィン、クレオパトラ、釈迦、デモステネス、ダンテ、千の利休等の心霊の消息を質問したり。しかれどもトック君は不幸にも詳細に答うることをなさず、かえってトック君自身に関する種々のゴ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 鼻 クレオパトラの鼻が曲っていたとすれば、世界の歴史はその為に一変していたかも知れないとは名高いパスカルの警句である。しかし恋人と云うものは滅多に実相を見るものではない。いや、我我の自己欺瞞は一たび恋愛に陥ったが最後、・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 誰でも死ぬ。クレオパトラ。白骨にも鼻の高低はあるのか。文章だけが鼻が高いと書く。若くて死んだから。あたしは養生して二百歳まで生きる。奇蹟。化石になる頃、皆あたしを忘れる。文章だけに残る。醜い女、二百歳まで生きて、鼻が低かったと。そして・・・ 織田作之助 「好奇心」
・・・「ナポレオンもまた、風邪をひき、乃木将軍もまた、閨を好み、クレオパトラもまた、脱糞せりとの事実、これこそは君等のいうリアルならむ。」笑って答えず。「更に問わむ、太宰もまた泣いて原稿を買って下さい、とたのみ、チエホフも扉の敷居すりへって了うま・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・それはとにかく、この胚子の壺の形がだんだんにどこまでも複雑な形に分岐し分岐して、それがおしまいにはクレオパトラになったり、うちの三毛ねこになったりするのである。クレオパトラでも三毛ねこでも畢竟は天然の陶工の旋盤なしにひねり出した壺である。こ・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ゴオチェは華美なアントニーとクレオパトラのロマンスの描写において。デュマはその歴史小説において。 金くさい卑俗な利害のために日夜鎬を削るブルジョア共の社会生活に反抗するこれらのロマンチスト作家たちが互に「焔の如く燃ゆる人々」として結合し・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ 十年間の多産豊饒な漱石の文学作品を見渡すと、ごく大づかみないいかたではあるが、藤尾風な趣味的・衒学的女は初期の作品に現れただけで姿を消し、藤尾の性格の中から、ゴーチェの「アントニイとクレオパトラ」を愛読するロマンティックな色彩をぬき去・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」