出典:青空文庫
・・・薄よごれたなにかのポスターの絵がふと眼にはいり、にわかに夜の更けた感じだった。 駅をでると、いきなり暗闇につつまれた。 提灯が物影から飛び出して来た。温泉へ来たのかという意味のことを訊かれたので、そうだと答えると、もういっぺんお辞儀・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・「――あのスター、写真で見るとスマートだけど、実物は割にチビで色が黒いし、絶倫よ」 その言葉はさすがに皆まで聴かず、私はいきなり静子の胸を突き飛ばしたが、すぐまた半泣きの昂奮した顔で抱き緊め、そして厠に立った時、私はひきつったような・・・ 織田作之助 「世相」
・・・恋から恋にうつるハリウッドのスターは賢くはない。むしろ愚かだ。何故なら恋の色彩は多様でもいのちと粋とは逸してしまうからだ。真に恋愛を味わうものとは恋のいのちと粋との中心に没入する者だ。そこでは鐘の音が鳴っている。それは宗教である。享楽ではな・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・アメリカふうのスター映画でさえも、画面に時々しか顔を出さないエキストラのタイプの選択いかんによって画面の効果は高調されあるいは減殺される。 背景となるべき一つの森や沼の選択に時には多くの日子と旅費を要するであろうし、一足の古靴の選定には・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・この際蠅はエキストラでなくてスターである。しかし監督の意図など無視して登場し活躍しているからおもしろい。 蛮人の王城らしい建物が映写される。この建物はきわめて原始的であるが一種の均整の美をもっている。素人目にはわが大学の安田講堂よりもか・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ロシア映画で教養も何もない農夫が最も光ったスターとして現われ、アメリカ映画でも土人のほうが白人の映画俳優の下っぱなどより比較にならぬほどいい芝居をして見せるのも同様な現象である。自然を背景とした芝居では人間もやはり自然な芝居をしなければつり・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・聞いてみるとそれがみんな活動俳優のいわゆるスターだそうである。幕末勇士などに扮した男優の顔はいかなる蛮族の顔よりもグロテスクで陰惨なものであるが、それが特別に民衆に受けると見えてそれらの網目版が至るところの店先で自分をにらみつけ、脅かし圧迫・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・広大な戦場や都市を空中写真によって圧縮してスクリーンのわく内に収めることもできれば、スターの片方の目だけを同じスクリーンいっぱいに写し出すこともできる。従って、この特徴と重写の技巧とを併用すれば、一粒の芥子種の中に須弥山を収めることなどは造・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・まず試みに各社名宝のスターの「横顔の音」でも聞かせたらどうであろう。 七 においの追憶 鼻は口の上に建てられた門衛小屋のようなものである。命の親のだいじな消化器の中へ侵入しようとするものを一々戸口で点検し、そうして少・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・まず現代でいちばん実用的な描写法としては世界的に知れ渡った映画スターなどのいろいろなタイプを借りて記載するのが近道であろうかと思われる。 国体や国民性の美醜にも言葉や教科書の文句では現わし難いものがある。それを学校生徒に教える唯一の道は・・・ 寺田寅彦 「破片」