出典:青空文庫
・・・だからトルストイやドストエフスキイの翻訳が売れるのだ。ほんとうの批評家にしか分らなければ、どこの新劇団でもストリンドベルクやイブセンをやりはしない。作の力、生命を掴むばかりでなく、技巧と内容との微妙な関係に一隻眼を有するものが、始めてほんと・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・「三番目にあるのはトルストイです。この聖徒はだれよりも苦行をしました。それは元来貴族だったために好奇心の多い公衆に苦しみを見せることをきらったからです。この聖徒は事実上信ぜられない基督を信じようと努力しました。いや、信じているようにさえ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・一体芸術家には、トルストイのように、その人がどう人生を見ているかに興味のある人と、フローベールのように、その人がどう芸術を見ているかに興味のある人と二とおりあるらしい。菊池なぞは勿論、前者に属すべき芸術家で、その意味では人生のための芸術とい・・・ 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・その数のうちには、トルストイのような自髯の老翁も見えれば、メテルリンクのようなハイカラの若紳士も出る。ヒュネカのごとき活気盛んな壮年者もあれば、ブラウニング夫人のごとき才気当るべからざる婦人もいる。いずれも皆外国または内国の有名、無名の学者・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・緑雨の作の価値を秤量するにニーチェやトルストイを持出すは牛肉の香味を以て酢の物を論ずるようなものである。緑雨の通人的観察もまたしばしば人生の一角に触れているので、シミッ垂れな貧乏臭いプロの論客が鼻を衝く今日緑雨のような小唄で人生を論ずるもの・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・イブセンやトルストイが現われて来ても渠等は矢張り三文文学、チープ・リテレチュアを口にするであろう。 然るに不思議なるは二十何年前には文人自身すら此の如き社会的軽侮を受くるを余り苦にしないで、文人の生活は別世界なりとし、此の別世界中の理想・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・故に外国文学に対してもまた、十分渠らの文学に従う意味を理解しつつもなお、東洋文芸に対する先入の不満が累をなしてこの同じ見方からして、その晩年にあってはかつて随喜したツルゲーネフをも詩人の空想と軽侮し、トルストイの如きは老人の寝言だと嘲ってい・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・ 小露地方や、北コーカサスの自然は、詩趣に富んで、自由な気が彼等の村落生活に行きわたっていることは、トルストイ、ゴリキイ、其他の作家の作品に描かれている。フィンランドは、世界中で、一番生活のしよい処だということであった。而して陰惨なペト・・・ 小川未明 「北と南に憧がれる心」
・・・ トルストイの芸術はどんな階級の者にでも一様にフレッシュな痛烈な感激を与えている。独りトルストイばかりでなく、真の芸術家によって作られた作品は、決して特殊な階級にのみ限られた芸術でない。其作品の中には急進主義者の姿もあれば、時として保守・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・彼はこう自分を慰めて、昨夜送ってきた友だちの一人が、意味を含めて彼に贈ってくれたところのトルストイの「光の中を歩め」を読んでいた。 ストーヴのまわりには朝からいろいろな客が入替った。が耕吉のほかにもう一人十二三とも思われる小僧ばかりは、・・・ 葛西善蔵 「贋物」