出典:青空文庫
・・・ 蒼蝿がブーンと来た。 そこへ…… 六 いかに、あの体では、蝶よりも蠅が集ろう……さし捨のおいらん草など塵塚へ運ぶ途中に似た、いろいろな湯具蹴出し。年増まじりにあくどく化粧った少い女が六七人、汗まみれにな・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 急に大きな蜜蜂がブーンという羽の音をさせて、部屋の中へ舞い込んで来た。お島は急いで昼寝をしている子供の方へ行った。庭の方から入って来た蜂は表の方へ通り抜けた。「鞠ちゃんはどうしたろう」と高瀬がこの家で生れた姉娘のことを聞いた。・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・道の両側の枯草が、ガサガサ気味の悪い音をたてて、電線がブーン、ブーンと綿を打つ時に出る様な音をたててうなる。 何の曲りもない一本道だけに斯うした天気の日歩くのは非常に退屈する。 いつもいつも下を見てテクテク神妙に歩く栄蔵も、はてしな・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 静かに分けて行くと、黒い丸い小さい実をつけたり、御飯粒の様な凋んだ花を付けた高い草が私の胸の所で左右に分れて、ブーンと風音をたてながら小虫が飛び出したりした。 私はうれしさに我を忘れて一気に向うまで馳け抜けて見ると、丁度カステラの・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・御重の間につややかなながしめくれてまいのふり泣く筈のとこまちがって妙なしなして笑い出すほんに笑止じゃないかいナつまたててソッとのぞいた猿芝居…… 火取虫ブーンととんで来るきまぐれものよ御前・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・電信柱は、ブーン、ブーンと、はげしいうなりを立て始めた。 何と云う寒い淋しい事だろう。灰色の空は、はてしもなく重くおいかぶさって、晴れ渡る時は極く少ないうちに夜になって仕舞う。人の声も犬の声もしない。狐の提灯が田の中を通ると云うのも此頃・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・十二月二十五日の晩は、かえりにおつれがあったから助かりましたが、本郷の通りで、走っていたバスが急停車したとき、ステップのわきの金棒につかまって立っていたわたしのからだが、ブーンとひとまわりふられて、もし、手がはなれたらそのままふりおとされる・・・ 宮本百合子 「ファシズムは生きている」