出典:青空文庫
・・・ 袖形の押絵細工の箸さしから、銀の振出し、という華奢なもので、小鯛には骨が多い、柳鰈の御馳走を思出すと、ああ、酒と煙草は、さるにても極りが悪い。 其角句あり。――もどかしや雛に対して小盃。 あの白酒を、ちょっと唇につけた処は、乳・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・得て気の屈るものと俊雄は切り上げて帰りしがそれから後は武蔵野へ入り浸り深草ぬしこのかたの恋のお百度秋子秋子と引きつけ引き寄せここらならばと遠くお台所より伺えば御用はないとすげなく振り放しはされぬものの其角曰くまがれるを曲げてまがらぬ柳に受け・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・みみずくの、ひとり笑いや秋の暮。其角だったと思います。十一月十六日夜半。 太宰治 「みみずく通信」
・・・秋の部の其角孤屋のデュエットを見ると、なんとなく金属管楽器と木管楽器の対立という感じがある。前者の「秋の空尾の上の杉に離れたり」「息吹きかえす霍乱の針」「顔に物着てうたたねの月」「いさ心跡なき金のつかい道」等にはなんらか晴れやかに明るいホル・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・今更ここに其角嵐雪の句を列記して説明するにも及ばぬであろう。わたくしは梅花を見る時、林をなしたひろい眺めよりも、むしろ農家の井戸や垣のほとりに、他の樹木の間から一株二株はなればなれに立っている樹の姿と、その花の点々として咲きかけたのを喜ぶの・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・宝井其角の家にもこれと同じような冬の日が幾度となく来たのであろう。喜多川歌麿の絵筆持つ指先もかかる寒さのために凍ったのであろう。馬琴北斎もこの置炬燵の火の消えかかった果敢なさを知っていたであろう。京伝一九春水種彦を始めとして、魯文黙阿弥に至・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・去来、丈草もその人にあらざりき。其角、嵐雪もその人にあらざりき。五色墨の徒もとよりこれを知らず。新虚栗の時何者をか攫まんとして得るところあらず。芭蕉死後百年に垂んとしてはじめて蕪村は現われたり。彼は天命を負うて俳諧壇上に立てり。されども世は・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・芭蕉の弟子に芭蕉のような人がなく、其角の弟子に其角のような人が出ないばかりでなく、殆ど凡ての俳人は殆ど皆独り独りに違って居る。それが必然であるのみならず、その違って居る処が今日のわれわれから見ても面白いと思うのである。現にこの頃の『ホトトギ・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・わたくしは其角堂の世系を詳にせぬから、あるいは此の如き誤をなしたかも知れない。そこで浅草の文淵堂主人に問い合せた。文淵堂の答書はこうである。「香以の友であった永機はまた九代目市川団十郎、五代目尾上菊五郎とも交が深かった。団十郎の筆蹟は永機そ・・・ 森鴎外 「細木香以」