出典:青空文庫
・・・と問答がことさらにこみ入る。「わかったとも、大わかりだ、」と楠公の社に建てられて、ポーツマウス一件のために神戸市中をひきずられたという何侯爵の銅像を作った名誉の彫刻家が、子供のようにわめいた。「イヤとてもわかるものか、わたしが言いま・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・運賃弐円とは馬鹿々々しけれど致し方もなし。楠公へでも行くべしとて出立たんとせしがまてしばし余は名古屋にて一泊すれども岡崎氏は直行なれば手荷物はやはり別にすべしとて再び切符の切り換えを求む。駅員の不機嫌顔甚だしきも官線はやはり官線だけの権力と・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・この理想にも分化があるのは無論です。楠公が湊川で、願くは七たび人間に生れて朝敵を亡ぼさんと云いながら刺しちがえて死んだのは一例であります。跛で結伽のできなかった大燈国師が臨終に、今日こそ、わが言う通りになれと満足でない足をみしりと折って鮮血・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・かくて父は、ちょうど頼山陽がそうであったように、足利氏の圧迫に対してただひとり皇室を守る楠公の情熱を自分の情熱としたのであった。この心持ちが、憲法発布以後に生まれた我々に、そっくりそのまま伝わって来ないのは当然である。我々は物を覚え始める最・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」