出典:青空文庫
・・・そこの上からは松川農場を一面に見渡して、ルベシベ、ニセコアンの連山も川向いの昆布岳も手に取るようだった。夏の夜の透明な空気は青み亘って、月の光が燐のように凡ての光るものの上に宿っていた。蚊の群がわんわんうなって二人に襲いかかった。 仁右・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ これより先き、私はステップニャツクの『アンダーグラウンド・ラシヤ』を読んで露国の民族性及び思想に興味を持ち、この富士の裾野に旅した時も行李の中へ携えて来たが、『罪与罰』に感激すると同時にステップニャツクを想い起し、かつ二葉亭をも憶い浮・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・パアンと店の裏で拳銃の音がする。つづいて、又一発。私は危く涙を落しそうになった。そっと店の扉を開け、内を窺っても、店はがらんとして誰もいない。私は入った。相続く銃声をたよりに、ずんずん奥へすすんだ。みると薄暮の中庭で、女房と店の主人が並んで・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・老母妻子の笑顔を思えば、買い出しのお芋六貫も重くは無く、畑仕事、水汲み、薪割り、絵本の朗読、子供の馬、積木の相手、アンヨは上手、つつましきながらも家庭は常に春の如く、かなり広い庭は、ことごとく打ちたがやされて畑になってはいるが、この主人、た・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・その男の変った所説の一例を挙げると、自分が風邪を引いて熱を出したりしたとき「アンマリ御馳走を喰べ過ぎるんじゃあないですか」と云ってはにやにや笑うのであった。 御馳走を喰うと風邪を引くというのは一体どういう意味だか分からなかった。御馳走を・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・たとえばアンカナというのは一円二十五銭の事であったが、これが自分の頭によく残っている。イタリアの地名のようだと思った事があるからそのせいだか、あるいはこの符号のついた本を比較的に多く買ったためだか、とにかくこのアンカナの四字が丸善その物の象・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・で「アン」を見失ったとか、「チェヤリングクロス」で決闘を見たとか云うのだと張合があるが、いかにも憫然な生活だからくだらない。しかし僕が倫敦に来てどんな事をやっているかがちょっと分る。僕を知っている君らにはそこに少々興味があるだろう。 こ・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・d heavy as lead,As it touched the neck, off went the head! Whir―whir―whir―whir!Queen Anne laid her white ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ connaissancepar coeur は「サン・アンチーム」sens intime[内奥感、内密感、内親感]としてメーン・ドゥ・ビランの哲学を構成し、遂にベルグソンの純粋持続にまで到ったと考えることができる。メーン・ドゥ・ビランはパ・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・ というと、つまり、『改造』に発表された方のはアンマリ成功していないということになる。作者の主観的な、古風な言葉でいえばある述懐というようなものは理解できる。が、作品は註つきでよませる物ではないから、あの二つは、いおうとすることを、はっ・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」