せい‐ご【生後】例文一覧 8件

  1. ・・・しかも生後三月目に死んでしまっているのです。母はどう云う量見か、子でもない私を養うために、捨児の嘘をついたのでした。そうしてその後二十年あまりは、ほとんど寝食さえ忘れるくらい、私に尽してくれたのでした。「どう云う量見か、――それは私も今・・・<芥川竜之介「捨児」青空文庫>
  2. ・・・ 私の祖母が死んだのは、こうして様様に指折りかぞえながら計算してみると、私の生後八カ月目のころのことである。このときの思い出だけは、霞が三角形の裂け目を作って、そこから白昼の透明な空がだいじな肌を覗かせているようにそんな案配には・・・<太宰治「玩具」青空文庫>
  3. ・・・ ヘレン・ケラーは生後十八ヶ月目に重い病のために彼女の魂と外界との交通に最も大切な二つの窓を釘付けされてしまったにかかわらず、自由に自国語を話し、その上独、仏、羅、希にも通ずるようになった。指先を軽く相手の唇と鼻翼に触れていれば人の談話・・・<寺田寅彦「鸚鵡のイズム」青空文庫>
  4. ・・・ 近々に太郎が、生後まだ六十日ばかりのヒヨヒヨながら伯父様、即ちあなたに誕生最初の敬意を表して何か本をさし上げるそうです。湯ざめがして来たから一旦これでおやすみ。本当に床に入るのです。 次の日の午後四時頃。雪どけの雨だれの音がしとし・・・<宮本百合子「獄中への手紙」青空文庫>
  5. ・・・ 労働婦人が姙娠して五ヵ月以上になっている時、労働法によって工場、事務所は彼女を失業させることを許されない。生後十ヵ月以内の嬰児をもっている場合も。 相当の数、労働婦人のいる工場、製作所で託児所のないところはない。託児所は朝八時から・・・<宮本百合子「子供・子供・子供のモスクワ」青空文庫>
  6. ・・・そして労働法は生後十ヵ月までの子をもつ母親の解雇、姙娠五ヵ月以上の女の解雇をごくごくやむを得ない場合以外は厳禁している。 小学校、工場附属技術学校、いずれも国庫および職業組合の負担で、プロレタリアートの児童のために開放されている。 ・・・<宮本百合子「スモーリヌイに翻る赤旗」青空文庫>
  7. 一八九九年二月十三日。東京市小石川区原町で生れた。父中條精一郎母葭江。生後十ヵ月から満三歳まで両親と札幌で育った。一九〇五年東京市本郷区駒本尋常高等小学校へ入学。父はイギリスへ行っていた。小さ・・・<宮本百合子「年譜」青空文庫>
  8. ・・・まさか、生後二日目で、もう赤色勲章を貰ったわけでもあるまい。「ああ、あれですか」 委員も保姆も笑って説明した。「あれはね、皮膚が少し弱くて、おタダレのある赤ちゃんなのです、おむつがあのリボンのは特別なんです」 廊下を曲りくね・・・<宮本百合子「モスクワ日記から」青空文庫>