たらし【垂らし/滴し】例文一覧 30件

  1. ・・・鉢植えの椰子も葉を垂らしている。――と云うと多少気が利いていますが、家賃は案外安いのですよ。 主筆 そう云う説明は入らないでしょう。少くとも小説の本文には。 保吉 いや、必要ですよ。若い外交官の月給などは高の知れたものですからね。・・・<芥川竜之介「或恋愛小説」青空文庫>
  2. ・・・が、藤井はいつのまにか、円卓に首を垂らしたなり、気楽そうにぐっすり眠こんでいた。<芥川竜之介「一夕話」青空文庫>
  3. ・・・するとそこに洋食屋が一軒、片側を照らした月明りに白い暖簾を垂らしていた。この店の噂は保吉さえも何度か聞かされた事があった。「はいろうか?」「はいっても好いな。」――そんな事を云い合う内に、我々はもう風中を先に、狭い店の中へなだれこんでいた。・・・<芥川竜之介「魚河岸」青空文庫>
  4. ・・・と称える念珠も手頸を一巻き巻いた後、かすかに青珠を垂らしている。 堂内は勿論ひっそりしている。神父はいつまでも身動きをしない。 そこへ日本人の女が一人、静かに堂内へはいって来た。紋を染めた古帷子に何か黒い帯をしめた、武家の女房らしい・・・<芥川竜之介「おしの」青空文庫>
  5. ・・・それが金持ちになったら汗水垂らして畑をするものなどは一人もいなくなるだろう」「それにしてもあれはあんまりひどすぎます」「お前は百歩をもって五十歩を笑っとるんだ」「しかし北海道にだって小作人に対してずっといい分割りを与えているとこ・・・<有島武郎「親子」青空文庫>
  6. ・・・目から蝋燭の涙を垂らして、鼻へ伝わらせて、口へ垂らすと、せいせい肩で呼吸をする内に、ぶるぶると五体を震わす、と思うとね、横倒れになったんだ。さあ、七顛八倒、で沼みたいな六畳どろどろの部屋を転摺り廻る……炎が搦んで、青蜥蜴ののたうつようだ。・・・<泉鏡花「菎蒻本」青空文庫>
  7. ・・・扁平く、薄く、しかも大ぶりな耳へ垂らして、環珠数を掛けた、鼻の長い、頤のこけた、小鼻と目が窪んで、飛出した形の八の字眉。大きな口の下唇を反らして、かッくりと抜衣紋。長々と力なげに手を伸ばして、かじかんだ膝を抱えていたのが、フト思出した途端に・・・<泉鏡花「露肆」青空文庫>
  8. ・・・良人沼南と同伴でない時はイツデモ小間使をお伴につれていたが、その頃流行した前髪を切って前額に垂らした束髪で、嬌態を作って桃色の小さいハンケチを揮り揮り香水の香いを四辺に薫じていた。知らないものは芸者でもなし、娘さんでもなし、官員さんの奥様ら・・・<内田魯庵「三十年前の島田沼南」青空文庫>
  9. ・・・だったのを、父が受けだした、というより浜子の方で打ちこんで入れ揚げたあげく、旦那にあいそづかしをされたその足で押しかけ女房に来たのが四年前で、男の子も生れて、その時三つ、新次というその子は青ばなを二筋垂らして、びっくりしたような団栗眼は父親・・・<織田作之助「アド・バルーン」青空文庫>
  10. ・・・あ、間違って入ったのかと、私はあわてて扉の外へ出ると、その隣の赤い灯が映っている硝子扉を押した途端、白地に黒いカルタの模様のついた薩摩上布に銀鼠色の無地の帯を緊め、濡れたような髪の毛を肩まで垂らして、酒にほてった胸をひろげて扇風機に立ってい・・・<織田作之助「世相」青空文庫>
  11. ・・・したその噂をべつだん悲しみもせず、さもありなんという表情で受けとり、なにそのおれが死んだというデマは実はおれが飛ばしてやったんだと陰気な唇でボソボソ呟き、ケッケッというあやしい笑い声を薄弱な咳の間から垂らしていた。げっそりと肉が落ち、眼ばか・・・<織田作之助「道」青空文庫>
  12. ・・・経理室から配給された太い、白い、不透明なローソクは、棚の端に、二三滴のローを垂らして、その上に立てゝあった。殺伐な、無味乾燥な男ばかりの生活と、戦線の不安な空気は、壁に立てかけた銃の銃口から臭う、煙哨の臭いにも、カギ裂きになった、泥がついた・・・<黒島伝治「前哨」青空文庫>
  13. ・・・年が寄って寒むがりになった祖母は、水鼻を垂らして歩きながら、背の小さい弟をゆすり上げてすかした。 醸造場へ行くと、彼女は、孫の仁助に、京一をそう痛めずに使うてやってくれと頼んだ。 京一は、きまり悪るそうに片隅に小さく立っていた。・・・<黒島伝治「まかないの棒」青空文庫>
  14. ・・・豊かな金髪をちぢらせてふさふさと額に垂らしている。伏目につつましく控えている碧い神経質な鋭い目も、官能的な桜桃色の唇も相当なものである。肌理の細かい女のような皮膚の下から綺麗な血の色が、薔薇色に透いて見える。黒褐色の服に雪白の襟と袖口。濃い・・・<太宰治「もの思う葦」青空文庫>
  15. ・・・ 酒保の男は手をつけかねてしばし立って見ていたが、そのまま、蝋燭の蝋を垂らして、テーブルの上にそれを立てて、そそくさと扉の外へ出ていった。蝋燭の光で室は昼のように明るくなった。隅に置いた自分の背嚢と銃とがかれの眼に入った。 蝋燭の火・・・<田山花袋「一兵卒」青空文庫>
  16. ・・・矢絣らしい着物に扱帯を巻いた端を後ろに垂らしている、その帯だけを赤鉛筆で塗ってある。そうした、今から見れば古典的な姿が当時の大学生には世にもモダーンなシックなものに見えたのであろう、小杉天外の『魔風恋風』が若い人々の世界を風靡していた時代の・・・<寺田寅彦「海水浴」青空文庫>
  17. ・・・手近にあったアルコールの数滴を机の上に垂らしてその上に玉虫の口をおっつけると、虫は活溌にその嘴を動かしてアルコールを飲み込んだ。それがわれわれの眼にはさもさもうまそうに飲んでいるように見えた。虫の表情というものがあり得るかどうか知らないが、・・・<寺田寅彦「さまよえるユダヤ人の手記より」青空文庫>
  18. ・・・勿論鼻汁を垂らしているのもある。とにかく震災地とは思われない長閑な光景であるが、またしかし震災地でなければ見られない臨時応急の「託児所」の光景であった。 この幼い子供達のうちには我家が潰れ、また焼かれ、親兄弟に死傷のあったようなのも居る・・・<寺田寅彦「静岡地震被害見学記」青空文庫>
  19. ・・・それで四方八方良いことだらけになるのであるけれども、その秀才が夢中に奔走して、汗をダラダラ垂らしながら捜しているにもかかわらず、いわゆる職業というものがあまり無いようです。あまりどころかなかなか無い。今言う通り天下に職業の種類が何百種何千種・・・<夏目漱石「道楽と職業」青空文庫>
  20. ・・・この暑さに襟のグタグタになるほど汗を垂らしてまで諸君のために有益な話をしなければ今晩眠られないというほど奇特な心掛は実のところありません。と云ったところでこう見えても、満更好意も人情も無いわがまま一方の男でもない。打ち明けたところを申せば今・・・<夏目漱石「文芸と道徳」青空文庫>
  21. ・・・この女が机に凭れて何か考えているところを、後から、そっと行って、紫の帯上げの房になった先を、長く垂らして、頸筋の細いあたりを、上から撫で廻したら、女はものう気に後を向いた。その時女の眉は心持八の字に寄っていた。それで眼尻と口元には笑が萌して・・・<夏目漱石「文鳥」青空文庫>
  22. ・・・相手は鼻血をタラタラ垂らしてそこへうずくまってしまった。 私は洗ったように汗まみれになった。そして息切れがした。けれども事件がここまで進展して来た以上、後の二人の来ない中に女を抱いてでも逃れるより外に仕様がなかった。「サア、早く遁げ・・・<葉山嘉樹「淫賣婦」青空文庫>
  23. ・・・ざまあ見やがれ、鼻血なんぞだらしなく垂らしやがって―― 私は、本船から、艀から、桟橋から、ここまでの間で、正直の処全く足を痛めてしまった。一週間、全一週間、そのために寝たっきり呻いていた、足の傷の上にこの体を載せて、歩いたので、患部に夥・・・<葉山嘉樹「浚渫船」青空文庫>
  24. ・・・ 吉里はにやにや笑ッていて、それで笑いきれないようで、目を坐えて、体をふらふらさせて、口から涎を垂らしそうにして、手の甲でたびたび口を拭いている。「此糸さん、早くおくれッたらよ、盃の一つや半分、私しにくれたッて、何でもありゃアしなか・・・<広津柳浪「今戸心中」青空文庫>
  25.  七月○日 火曜日 散歩。 F子洗髪を肩に垂らしたまま出た。水瓜畑の間を通っていると、田舎の男の児、  狐の姐さん! 化け姐さん!と囃した。 七月○日 水曜日 三時過から仕度をし、T・P・W倶楽部・・・<宮本百合子「狐の姐さん」青空文庫>
  26. ・・・色彩ある生活の背景として、棚の葡萄は大きな美しい葉を房々と縁側近くまで垂らして涼風に揺れた。真夏の夕立の後の虹、これは生活の虹と云いたい光景だ。 由子は、独りで奥の広間にいた。開け放した縁側から、遠くの山々や、山々の上の空の雲が輝いてい・・・<宮本百合子「毛の指環」青空文庫>
  27. ・・・ そんなことを話し合って監房の金網から左手の欄間を見上げると、欅は若葉で底光る梅雨空に重く、緑色を垂らしている。―― ズーッと入って行って横顔を見、自分はおやと目を瞠った。いつかの地下鉄の娘さんの父親がやって来ている。「そう・・・<宮本百合子「刻々」青空文庫>
  28. ・・・と腰に弓を張る親父が水鼻を垂らして軍略を皆伝すれば、「あぶなかッたら人の後に隠れてなるたけ早く逃げるがいいよ」と兜の緒を緊めてくれる母親が涙を噛み交ぜて忠告する。ても耳の底に残るように懐かしい声、目の奥に止まるほどに眤しい顔をば「さようなら・・・<山田美妙「武蔵野」青空文庫>
  29. ・・・ 安次は片手で胸を圧えて、裂けた三尺のひと端を長く腰から垂らしたまま曳かれていった。痩せた片肩がひどく怒って見えるのは、子供の頃彼の家が、まだ此の村で安泰であった時と同じであった。そして、まだ変らぬものは、彼の姿を浮かばせている行く手に・・・<横光利一「南北」青空文庫>
  30. ・・・その下で、紫や紅の縮緬の袱紗を帯から三角形に垂らした娘たちが、敷居や畳の条目を見詰めながら、濃茶の泡の耀いている大きな鉢を私の前に運んで来てくれた。これらの娘たちは、伯母の所へ茶や縫物や生花を習いに来ている町の娘たちで二三十人もいた。二階の・・・<横光利一「洋灯」青空文庫>