・・・人は誰でも、その時が過ぎてしまえば間もなく忘れるような、乃至は長く忘れずにいるにしても、それを言い出すには余り接穂がなくてとうとう一生言い出さずにしまうというような、内から外からの数限りなき感じを、後から後からと常に経験している。多くの人は・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ いいなおしたる接穂なさ。面を背けて、「治らないことはありません。治るよ、高津さん。」 高津は勢よく、「はい、それはあなた、神様がいらっしゃいます。」 予はまた言わざりき。 誓 月凍てたり。大路の・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・と黙り込んでしまったので、この上最早言葉の接穂がなかった。 その当座は犬の事ばかりに屈托して、得意の人生論や下層研究も余り口に出なかった。あたかも私の友人の家で純粋セッター種の仔が生れたので、或る時セッター種の深い長い艶々した天鵞絨より・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
私は先夜、眠られず、また、何の本も読みたくなくて、ある雑誌に載っていたヴァレリイの写真だけを一時間も、眺めていた。なんという悲しい顔をしているひとだろう、切株、接穂、淘汰、手入れ、その株を切って、また接穂、淘汰、手入れ、し・・・ 太宰治 「豊島與志雄著『高尾ざんげ』解説」
出典:青空文庫