と‐だな【戸棚】例文一覧 30件

  1. ・・・ある曇った日の午後、私はその展覧会の各室を一々叮嚀に見て歩いて、ようやく当時の版画が陳列されている、最後の一室へはいった時、そこの硝子戸棚の前へ立って、古ぼけた何枚かの銅版画を眺めている一人の紳士が眼にはいった。紳士は背のすらっとした、どこ・・・<芥川竜之介「開化の良人」青空文庫>
  2. ・・・ お蓮は犬を板の間へ下すと、無邪気な笑顔を見せながら、もう肴でも探してやる気か、台所の戸棚に手をかけていた。 その翌日から妾宅には、赤い頸環に飾られた犬が、畳の上にいるようになった。 綺麗好きな婆さんは、勿論この変化を悦ばなかっ・・・<芥川竜之介「奇怪な再会」青空文庫>
  3. ・・・と衝と茶の間を抜ける時、襖二間の上を渡って、二階の階子段が緩く架る、拭込んだ大戸棚の前で、入ちがいになって、女房は店の方へ、ばたばたと後退りに退った。 その茶の室の長火鉢を挟んで、差むかいに年寄りが二人いた。ああ、まだ達者だと見える。火・・・<泉鏡花「国貞えがく」青空文庫>
  4. ・・・静岡の何でも町端れが、その人の父が其処の屋敷に住んだところ、半年ばかりというものは不思議な出来事が続け様で、発端は五月頃、庭へ五六輪、菖蒲が咲ていたそうでその花を一朝奇麗にもぎって、戸棚の夜着の中に入れてあった。初めは何か子供の悪戯だろうく・・・<泉鏡花「一寸怪」青空文庫>
  5. ・・・兵エが一昨日来やがって、村の鍛冶に打たせりゃ、一丁二十銭ずつだに、お前の鎌二十二銭は高いとぬかすんです、それから癪に障っちゃったんですから、お前さんの銭ゃお前さんの財布へしまっておけ、おれの鎌はおれの戸棚へ終って措くといって、いきなり鎌を戸・・・<伊藤左千夫「姪子」青空文庫>
  6. ・・・ 二十年前までは椿岳の旧廬たる梵雲庵の画房の戸棚の隅には椿岳の遺作が薦縄搦げとなっていた。余り沢山あるので椽の下に投り込まれていたものもあった。寒月の咄に由ると、くれろというものには誰にでも与ったが、余り沢山あったので与り切れず、その頃・・・<内田魯庵「淡島椿岳」青空文庫>
  7. ・・・この意味に於いて、総発売元は各支店へ戸棚二個、欅吊看板二枚、紙張横額二枚、金屏風半双を送付する。よって、その実費として、二百円送金すべし。その代り、百円分の薬を無代進呈する。 ……いきなり二百円を請求された支店長たちは、まるで水を浴びた・・・<織田作之助「勧善懲悪」青空文庫>
  8. ・・・やはりお人好のお婆さんと二人でせっせと盆に生漆を塗り戸棚へしまい込む。なにも知らない温泉客が亭主の笑顔から値段の応対を強取しようとでもするときには、彼女は言うのである。「この人はちっと眠むがってるでな……」 これはちっとも可笑しくな・・・<梶井基次郎「温泉」青空文庫>
  9. ・・・みちみち源叔父は、わが帰りの遅かりしゆえ淋しさに堪えざりしか、夕餉は戸棚に調えおきしものをなどいいいい行けり。紀州は一言もいわず、生憎に嘆息もらすは翁なり。 家に帰るや、炉に火を盛に燃きてそのわきに紀州を坐らせ、戸棚より膳取り出だして自・・・<国木田独歩「源おじ」青空文庫>
  10. ・・・お徳の部屋の戸棚の下を明けて当分ともかく彼処へ炭を入れることにしたら。そしてお徳の所有品は中の部屋の戸棚を整理けて入れたら」と細君が一案を出した。「それじゃアそう致しましょう」とお徳は直ぐ賛成した。「お徳には少し気の毒だけれど」と細・・・<国木田独歩「竹の木戸」青空文庫>
  11. ・・・ 火酒は、戸棚の隅に残っていた、呉は、それを傷口に流しかけた。酒精分が傷にしみた。すると、呉は、歯を喰いしばって、イイイッと頸を左右に慄わした。「何て、縁儀の悪いこっちゃ、一と晩に二人も怪我をしやがって! 貴様ら、横着をして兵タイの・・・<黒島伝治「国境」青空文庫>
  12. ・・・ 彼等は、腹癒せに戸棚に下駄を投げつけたり、障子の桟を武骨な手でへし折ったりした。この秋から、初めて、十六で働きにやって来た、京吉という若者は、部屋の隅で、目をこすって、鼻をすゝり上げていた。彼の母親は寡婦で、唯一人、村で息子を待ってい・・・<黒島伝治「豚群」青空文庫>
  13. ・・・を卒える頃からででもあったろうか、何でも大層眼を患って、光を見るとまぶしくてならぬため毎日々々戸棚の中へ入って突伏して泣いて居たことを覚えて居る。いろいろ療治をした後、根岸に二十八宿の灸とか何とかいって灸をする人があって、それが非常に眼に利・・・<幸田露伴「少年時代」青空文庫>
  14. ・・・この段取の間、男は背後の戸棚にりながらぽかりぽかり煙草をふかしながら、腮のあたりの飛毛を人さし指の先へちょと灰をつけては、いたずら半分に抜いている。女が鉄瓶を小さい方の五徳へ移せば男は酒を燗徳利に移す、女が鉄瓶の蓋を取る、ぐいと雲竜を沈ませ・・・<幸田露伴「貧乏」青空文庫>
  15. ・・・なれども当人は平気で、口の内で謡をうたい、或はふいと床から起上って足踏をいたして、ぐるりと廻って、戸棚の前へぴたりと坐ったり何か変なことをいたし、まるで狂人じみて居ります。ちょうど歳暮のことで、内儀「旦那え/\」七「えゝ」内儀「・・・<著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三「梅若七兵衞」青空文庫>
  16. ・・・何かごとごと言わせて戸棚を片づける音、画架や額縁を荷造りする音、二階の部屋を歩き回る音なぞが、毎日のように私の頭の上でした。私も階下の四畳半にいてその音を聞きながら、七年の古巣からこの子を送り出すまでは、心も落ちつかなかった。仕事の上手なお・・・<島崎藤村「嵐」青空文庫>
  17. ・・・おげんはその宗太の娘から貰った土産の蔵ってある所をも熊吉に示そうとして、部屋の戸棚についた襖までも開けて見せた。それほどおげんには見舞に来てくれる親戚がうれしかった。おげんは又、弟からの土産を大切にして、あちこちと部屋の中を持ち廻った。・・・<島崎藤村「ある女の生涯」青空文庫>
  18. ・・・ お戸棚に、おむすびがございますけど」 と申しますと、「や、ありがとう」といつになく優しい返事をいたしまして、「坊やはどうです。熱は、まだありますか?」とたずねます。 これも珍らしい事でございました。坊やは、来年は四つになるので・・・<太宰治「ヴィヨンの妻」青空文庫>
  19. ・・・それ、この瓶は戸棚に隠せ、まだ二目盛残ってあるんだ、あすとあさってのぶんだ、この銚子にもまだ三猪口ぶんくらい残っているが、これは寝酒にするんだから、銚子はこのまま、このまま、さわってはいけない、風呂敷でもかぶせて置け、さて、手抜かりは無いか・・・<太宰治「禁酒の心」青空文庫>
  20. ・・・同じように、トナカイの群れを養う土人の家族が映写されても、それがカラフトのおおよそどのへんに住むなんという種族の土人だかまるきりわからないから、せっかくの印象を頭の中のどの戸棚にしまってよいか全く戸まどいをさせられる。 材木の切り出し作・・・<寺田寅彦「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」青空文庫>
  21. ・・・しかし、二人ともにそうだが、ことにK市の姉はよく孫のだれかに手紙の上封などをかかせる事があるからと思って、戸棚の中から古手紙の束を出して来て、いくつかの姉の手紙を拾い出して比べて見た。 K市の姉からのあて名の手跡の或るものは小包のと似て・・・<寺田寅彦「球根」青空文庫>
  22. ・・・幅一間ばかりの長い廊下で、黒い板がつるつる光っていた。戸棚や何かがそこにあった。 廊下つづきの入口の方を見ると、おひろがせっせと雑巾がけをしていた。道太は茶の室へ出ていって、長火鉢の前に坐って、煙草をふかしはじめた。「みんな働くんだ・・・<徳田秋声「挿話」青空文庫>
  23. ・・・帰りに台所へ廻って、戸棚を明けて、昨夕三重吉の買って来てくれた粟の袋を出して、餌壺の中へ餌を入れて、もう一つには水を一杯入れて、また書斎の縁側へ出た。 三重吉は用意周到な男で、昨夕叮嚀に餌をやる時の心得を説明して行った。その説によると、・・・<夏目漱石「文鳥」青空文庫>
  24. ・・・そのほかに礼服用の光る靴が戸棚にしまってある、靴ばかりは中々大臣だなと少々得意な感じがする。もしこの家を引越すとするとこの四足の靴をどうして持って行こうかと思い出した。一足は穿く、二足は革鞄につまるだろう、しかし余る一足は手にさげる訳には行・・・<夏目漱石「倫敦消息」青空文庫>
  25. ・・・ 兎のおっかさんまでが泣いて、前かけで涙をそっとぬぐいながら、あの美しい玉のはいった瑪瑙の函を戸棚から取り出しました。 兎のおとうさんは函を受けとって蓋をひらいて驚きました。 珠は一昨日の晩よりも、もっともっと赤く、もっともっと・・・<宮沢賢治「貝の火」青空文庫>
  26. ・・・それから戸棚からくさりかたびらを出して、頭から顔から足のさきまでちゃんと着込んでしまいました。 それからテーブルと椅子をもって来て、きちんとすわり込みました。あまがえるはみんな、キーイキーイといびきをかいています。とのさまがえるはそこで・・・<宮沢賢治「カイロ団長」青空文庫>
  27. ・・・その、自分の家でありながら六畳の方へは踏み込まず、口数多い神さんが気に入らなかったが、座敷は最初からその目的で拵えられているだけ、借りるに都合よかった。戸棚もたっぷりあったし、東は相当広い縁側で、裏へ廻れるように成ってもいる。 陽子は最・・・<宮本百合子「明るい海浜」青空文庫>
  28. ・・・ 何か戸棚を見つけものをしたり、古い箱を開けたりする毎に小さい情ないおかたみの見つかる事を希って居る。 口が自由に動かないで「ほおずき」が鳴らせないで居た彼の妹は赤いゴムの「ほおずき」を只しゃぶって居た。今私は豆や「なす」やのほ・・・<宮本百合子「悲しめる心」青空文庫>
  29. ・・・と書いた札の張ってある、煤色によごれた戸棚から、しめっぽい書類を出して来て、机の上へ二山に積んだ。低い方の山は、其日々々に処理して行くもので、その一番上に舌を出したように、赤札の張ってある一綴の書類がある。これが今朝課長に出さなくてはならな・・・<森鴎外「あそび」青空文庫>
  30. ・・・そして、戻るとき戸棚の抽出しから白紙を出して、一円包んで出て来ると安次に黙って握らせた。「あかんのや、あかんのや、もうそんなことして貰うたて。」と安次は云って押し返した。 しかし、お留は無理に紙幣を握らせた。「薬飲んでるのか?」・・・<横光利一「南北」青空文庫>