とぼ‐とぼ例文一覧 29件

  1. ・・・民子を先に僕が後に、とぼとぼ畑を出掛けた時は、日は早く松の梢をかぎりかけた。 半分道も来たと思う頃は十三夜の月が、木の間から影をさして尾花にゆらぐ風もなく、露の置くさえ見える様な夜になった。今朝は気がつかなかったが、道の西手に一段低い畑・・・<伊藤左千夫「野菊の墓」青空文庫>
  2. ・・・そして、こんなに暗くなって、おじいさんはさぞ路がわからなくて困っていなさるだろうと、広い野原の中で、とぼとぼとしていられるおじいさんの姿を、いろいろに想像したのでした。「さあ、お休み、おじいさんがお帰りになったら、きっとおまえを起こして・・・<小川未明「大きなかに」青空文庫>
  3. ・・・爺は胡弓を持って、とぼとぼと子供の後から従いました。 その町の人々は、この見慣れない乞食の後ろ姿を見送りながら、どこからあんなものがやってきたのだろう。これから風の吹くときには気をつけねばならぬ。火でもつけられたりしてはたいへんだ。早く・・・<小川未明「黒い旗物語」青空文庫>
  4. ・・・ するとじいさんは、とぼとぼとした歩きつきをして、ケーの方に寄ってきて、「私だ、おまえを起こしたのは! 私はおまえに頼みがある。じつは私がこの眠い町を建てたのだ。私はこの町の主である。けれど、おまえも見るように、私はもうだいぶ年を取・・・<小川未明「眠い町」青空文庫>
  5. ・・・ 空には軽気球がうかんでいて、百貨店の大売出しの広告文字がぶらさがっていた。とぼとぼ河堀口へ帰って行く道、紙芝居屋が、自転車の前に子供を集めているのを見ると、ふと立ち停って、ぼんやり聴いていたくらい、その日の私は途方に暮れていました。と・・・<織田作之助「アド・バルーン」青空文庫>
  6. ・・・それで、お君は、「あわれ逢瀬の首尾あらば、それを二人が最期日と、名残りの文のいいかわし、毎夜毎夜の死覚悟、魂抜けてとぼとぼうかうか身をこがす……」 と、「紙治」のサワリなどをうたった。下手くそでもあったので、軽部は何か言いかけたが、・・・<織田作之助「雨」青空文庫>
  7. ・・・ やがて二人はとぼとぼ帰って行った。暮れにくい夏の日もいつか暮れて行き、落日の最後の明りが西の空に沈んでしまうと、夜がするすると落ちて来た。 急いで帰らねば、外出時間が切れてしまう。しかし、このまま手ぶらで帰れば、咽から手の出るほど・・・<織田作之助「昨日・今日・明日」青空文庫>
  8. ・・・そしてちょっと考えて、神楽坂の方へとぼとぼ……、その坂下のごみごみした小路のなかに学生相手の小質屋があり、今はそこを唯一のたのみとしているわけだが、しかし質種はない。いろいろ考えた末、ポケットにさしてある万年筆に思い当り、そや、これで十円借・・・<織田作之助「天衣無縫」青空文庫>
  9. ・・・四尺にも足りないちいさな老婆がその灯を持ってとぼとぼやって来るようだ。カラコロと下駄の音が聴える。出会いがしらにふっと顔を覗かれる、あっ、老婆の顔は白い粉を吹いたように真っ白で、眼も鼻も口もない……。 すべてはその道に原因していたんだと・・・<織田作之助「道」青空文庫>
  10. ・・・その夜はさすがに家をあけなかったが、翌日、蝶子が隠していた貯金帳をすっかりおろして、昨夜の返礼だとて友達を呼び出し、難波新地へはまりこんで、二日、使い果して魂の抜けた男のようにとぼとぼ黒門市場の路地裏長屋へ帰って来た。「帰るとこ、よう忘れん・・・<織田作之助「夫婦善哉」青空文庫>
  11. ・・・ 玉造線の電車通へ出て、寺田町の方へ二人はとぼとぼ歩いて行った。 寺田町を西へ折れて、天王寺西門前を南へ行くと、阿倍野橋だ。 途中、すれ違う電車は一台もなかった。よしんばあっても、娘のそんな服装では乗れなかった。焼跡の寂しい・・・<織田作之助「夜光虫」青空文庫>
  12. ・・・そして水の潯をとぼとぼとたどって河下の方へと歩いた。 月はさえにさえている。城山は真っ黒な影を河に映している。澱んで流るる辺りは鏡のごとく、瀬をなして流るるところは月光砕けてぎらぎら輝っている。豊吉は夢心地になってしきりに流れを下った。・・・<国木田独歩「河霧」青空文庫>
  13. ・・・死んで暗い道を独りでとぼとぼ辿って行きながら思わず『マサカ死うとは思わなかった!』と叫びました。全くです、全く僕は叫びました。「そこで僕は思うんです、百人が百人、現在、人の葬式に列したり、親に死なれたり子に死れたりしても、矢張り自分の死・・・<国木田独歩「牛肉と馬鈴薯」青空文庫>
  14. ・・・ 母も心細いので山家の里に時々帰えるのが何よりの楽しみ、朝早く起きて、淋しい士族屋敷の杉垣ばかり並んだ中をとぼとぼと歩るきだす時の心持はなんとも言えませんでした。山路三里は子供には少し難儀で初めのうちこそ母よりも先に勇ましく飛んだり跳ね・・・<国木田独歩「女難」青空文庫>
  15. ・・・西田博士の『善の研究』などもそうして読んだ。とぼとぼと瞬く灯の下で活字を追っていると、窓の外を夜遊びして帰った寮生の連中が、「ローベンはよせ」「糞勉強はやめろ」などと怒鳴りながら通って行く。その声を聞きつつ何か勝利感に似たものをハッキリと覚・・・<倉田百三「学生と読書」青空文庫>
  16. ・・・ 彼等は、とぼとぼ雪の上をふらついた。……でも、彼等は、まだ意識を失ってはいなかった。怒りも、憎悪も、反抗心も。 彼等の銃剣は、知らず知らず、彼等をシベリアへよこした者の手先になって、彼等を無謀に酷使した近松少佐の胸に向って、奔放に・・・<黒島伝治「橇」青空文庫>
  17. ・・・ 両人はそんな述懐をしながら、またとぼとぼ歩いた。 帰りには道に迷った。歩きくたびれた上にも歩いてやっと家の方向が分った。「お帰りなさいまし。」園子が玄関へ出てきた。 両人は上ろうとして、下駄をぬぎかけると、そこには靴と立派・・・<黒島伝治「老夫婦」青空文庫>
  18. ・・・おげんは養子の兄に助けられながら、その翌日久し振で東京に近い空を望んだ。新宿から品川行に乗換えて、あの停車場で降りてからも弟達の居るところまでは、別な車で坂道を上らなければならなかった。おげんはとぼとぼとした車夫の歩みを辻車の上から眺めなが・・・<島崎藤村「ある女の生涯」青空文庫>
  19. ・・・ギンはしかたなしにとぼとぼお家へかえりました。 母親はその話を聞くと、「それではかたいパンもやわらかいパンもいやだというのだから、今度は半焼にしたのをもっていってごらんよ。」と言いました。 その晩ギンはちっとも寝ないで、夜が明け・・・<鈴木三重吉「湖水の女」青空文庫>
  20. ・・・あの人の一生の念願とした晴れの姿は、この老いぼれた驢馬に跨り、とぼとぼ進むあわれな景観であったのか。私には、もはや、憐憫以外のものは感じられなくなりました。実に悲惨な、愚かしい茶番狂言を見ているような気がして、ああ、もう、この人も落目だ。一・・・<太宰治「駈込み訴え」青空文庫>
  21. ・・・かれは仕方なく、とぼとぼ、そのあとを追うのである。 その男は、撮影監督の助手をつとめていた。バケツで水を運んだり、監督の椅子を持って歩いたり、さまざまの労役をするのである。そうして、そんな仕事をしている自分の姿を、得意げに、何時間でも見・・・<太宰治「花燭」青空文庫>
  22. ・・・下諏訪。とぼとぼ下車した。駅の改札口を出て、懐手して、町のほうへ歩いた。駅のまえに宿の番頭が七、八人並んで立っているのだが、ひとりとして笠井さんを呼びとめようとしないのだ。無理もないのである。帽子もかぶらず、普段着の木綿の着物で、それに、下・・・<太宰治「八十八夜」青空文庫>
  23. ・・・私は自身で行きづまるところまで実際に行ってみて、さんざ迷って、うんうん唸って、そうしてとぼとぼ引き返した。そうして、さらに重大のことは、私の謂わば行きづまりは、生活の上の行きづまりに過ぎなかったという一事である。断じて、作品の上の行きづまり・・・<太宰治「春の盗賊」青空文庫>
  24. ・・・このあとの映画で、不幸なるラート教授が陋巷の闇を縫うてとぼとぼ歩く場面でどことなく聞こえて来る汽笛だかなんだかわからぬ妙な音もやはりそういう意味で使われたものであろう。運命ののろいの声とでもいうような感じを与えるものである。 俳諧連句に・・・<寺田寅彦「映画芸術」青空文庫>
  25. ・・・木枯らしの吹くたそがれ時などに背中へ小さなふろしき包みなど背負ってとぼとぼ野道を歩いている姿を見ると、ひどく感傷的になってわあっと泣き出したいような気持ちになったものである。もういっそう悲惨なのは田んぼ道のそばの小みぞの中をじゃぶじゃぶ歩き・・・<寺田寅彦「ステッキ」青空文庫>
  26. ・・・そして暑い土手をとぼとぼ引き返して行った。両岸ことにアラビアの側は見渡す限り砂漠でところどころのくぼみにはかわき上がった塩のようなまっ白なものが見える。アフリカのほうにははるかに兀とした岩山の懸崖が見え、そのはずれのほうはミラージュで浮き上・・・<寺田寅彦「旅日記から(明治四十二年)」青空文庫>
  27. ・・・の三味線をひく十六、七の娘――名は忘れてしまったが、立花家橘之助の弟子で、家は佐竹ッ原だという――いつもこの娘と連立って安宅蔵の通を一ツ目に出て、両国橋をわたり、和泉橋際で別れ、わたくしはそれから一人とぼとぼ柳原から神田を通り過ぎて番町の親・・・<永井荷風「雪の日」青空文庫>
  28. ・・・彼はそれからげっそり窶れて唯とぼとぼとした。事件は内済にするには彼の負担としては過大な治療金を払わねばならぬ。姻戚のものとも諮って家を掩いかぶせた其の竹や欅を伐ることにした。彼は監獄署へ曳かれるのは身を斬られるよりもつらかった。竹でも欅でも・・・<長塚節「太十と其犬」青空文庫>
  29. ・・・何か云いたいようでしたが黙って俄かに向うを向き、今まで私の来た方の荒地にとぼとぼ歩き出しました。私もまた、丁度その反対の方の、さびしい石原を合掌したまま進みました。<宮沢賢治「雁の童子」青空文庫>