・・・その子息の一人を跡目にして、養子願さえすれば、公辺の首尾は、どうにでもなろう。もっともこれは、事件の性質上修理や修理の内室には、密々で行わなければならない。彼は、ここまで思案をめぐらした時に、始めて、明るみへ出たような心もちがした。そうして・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・僕の記憶を信ずるとすれば、新聞は皆兄さんの自殺したのもこの後妻に来た奥さんに責任のあるように書いていました。この奥さんの年をとっているのもあるいはそんなためではないでしょうか? 僕はまだ五十を越していないのに髪の白い奥さんを見る度にどうもそ・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・この相撲を見ていた僕の叔母――僕の母の妹であり、僕の父の後妻だった叔母は二三度僕に目くばせをした。僕は僕の父と揉み合った後、わざと仰向けに倒れてしまった。が、もしあの時に負けなかったとすれば、僕の父は必ず僕にも掴みかからずにはいなかったであ・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・ 私の小屋と真向の……金持は焼けないね……しもた屋の後妻で、町中の意地悪が――今時はもう影もないが、――それその時飛んで来た、燕の羽の形に後を刎ねた、橋髷とかいうのを小さくのっけたのが、門の敷石に出て来て立って、おなじように箔屋の前を熟・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・が怜悧で敏捷こく、勇気に富みながら平生は沈着いて鷹揚である咄をして、一匹仔犬を世話をしようかというと、苦々しい顔をして、「イヤ、貰う気はしない、先妻が死んで日柄が経たない中に、どんな美人があるからッて後妻を貰う気になれるかい、」と喪くなった・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・に集って、嬉しい時も悲しい時もこれだすわと言いながら酔い痴れているのを、階段の登り口に寝かした母親の屍体の枕元から、しょんぼり眺めていた時、つくづく酒を飲む人間がいやらしく思った筈だのに、やがて父親の後妻にはいって来た継母との折れ合いが悪く・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ ところが、嫁ぎ先の寺田屋へ着いてみると姑のお定はなにか思ってかきゅうに頭痛を触れて、祝言の席へも顔を見せない、お定は寺田屋の後妻で新郎の伊助には継母だ。けれども、よしんば生さぬ仲にせよ、男親がすでに故人である以上、誰よりもまずこの席に・・・ 織田作之助 「螢」
・・・礼子は寿子の母親の妹であったが、寿子の母親が寿子の三つの年になくなって間もなく、後妻にはいったのである。寿子にとっては昨日までの叔母が急に継母に変ったわけである。 もとは叔母姪の間柄であったから、さすがに礼子は世の継母のように寿子に辛く・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・「私なんかには解りませんけど、後妻というものは特別に可愛いもんだといいますね。……後妻はどうしても若くもあるし、……あなたも私とあのようになっていたら、今ごろは若い別嬪の後妻が貰えてよかったんでしょうに」「そうしたもんかもしれんな。・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・にも可愛がらるればしたがって叔父にも可愛がられていたところ、不幸にしてその叔母が病気で死んでしもうて、やがて叔父がどこからか連れて来たのが今の叔母で、叔父は相変らず源三を愛しているに関らず、この叔父の後妻はどういうものか源三を窘めること非常・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫