・・・「どうして、あべこべにお婆さんが出す方や。庄ちゃんが困っていると、そんなら私のお金が少しあるさかえ、あれ使うことや、といったようなもんや」 お絹の口ぶりによると、弟娵がいつでも問題になるらしかった。そしてそれを言うのはお絹だった。弟・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・そこで私はすべての印象を反対に、磁石のあべこべの地位で眺め、上下四方前後左右の逆転した、第四次元の別の宇宙を見たのであった。つまり通俗の常識で解説すれば、私はいわゆる「狐に化かされた」のであった。 3 私の物語は此所・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ セコンドメイトは、デッキの上と橋板の上とでは、レコードの両面見たいに、あべこべの事を云い始めた。詰らない事を云って、自分が疳癪玉の目標になっては、浮ばれないと思いついたのだ。「セキメイツ。長いものが、長いものの癖をして、巻かねえん・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・それよりも自分に注意を与えるその宗教家などの様子を見ると、かえって何だか不安心なような顔付が見えて居て、あべこべに此方から安心立命の法を教えてでもやりたいと思うのがある。これらは皆死を恐れて居るのである。しかしかくいえばとて自分は全く死を恐・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・川のあべこべの方から林の司のペーンがみどり色のビロードの着物に銀の飾りのついた刀をさして来る。シリンクスの涙をこぼして居る様子を見てサッとかおを赤くする。それから刀の音をおさえてつまさきで歩いて精女のわきによる。やさしげな又おだやかなものし・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・しおらしくみどりの糸をたれる柳、まして三十三間堂のお柳と同じ名で自分の心とはまるであべこべだと云っていやがったのだ。「女は柔(しい名の方がどれだけいいんだか…… 私の若い頃は名のあんまりすごい女はいやがられたもんだ……」 母親が・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・私が大変赤い着物を着て松茸がりに山に行った、香り高い茸がゾクゾクと出て居るので段々彼方ちへ彼方へと行くと小川に松の木の橋がかかって居た、私が渡り終えてフット振向とそれは大蛇でノタノタと草をないで私とはあべこべの方へ這って行く、――私はびっく・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・「貴方って云う方は妙な御方だ事、私の云う事で私はこんな事はと思ってムカムカして云う口調を貴方はよろこんで居らっしゃる、だから、まるで私の嬉しがる事とあべこべの事をよろこんで居らっしゃるんですネ」「世の中の苦労を、かみしめたものは、御・・・ 宮本百合子 「砂丘」
・・・電車をおりるとすぐ彼は私とあべこべの方へ行ってらした。そうして私に袖を引っぱられて変な顔をして又私の後についた。電車の線路をよこぎる時に彼はあんまりあわてたので職人にぶつかって眼をあいてあるけとどなられて大きい目を一層大きくした。そして「東・・・ 宮本百合子 「心配」
・・・ 私はあべこべにききかえした。「エ、母さんがやかましゅう云うてさげておきゃはるの、かおりをつめてなも」 御仙さんはこれだけ云ってまただまってしまった。二人は机の前にならんで坐って私の御秘蔵の本の差画や錦絵を見せた。ほそい細工もの・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
出典:青空文庫