・・・しかもその一つ一つの象形文字のような夢内容は驚くべく多様な夢思想の圧縮されたエッセンスであり、またはなはだしく複雑な夢思想の網目の接合点である。それらの接合点のうちでも、その人のその日の、その前日の、また生涯の経験――意識的ないし無意識的―・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・往来の上に縦横の網目を張っている電線が透明な冬の空の眺望を目まぐるしく妨げている。昨日あたり山から伐出して来たといわぬばかりの生々しい丸太の電柱が、どうかすると向うの見えぬほど遠慮会釈もなく突立っている。その上に意匠の技術を無視した色のわる・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・また振返って階段の下なる敷石を隔てて網目のように透彫のしてある朱塗の玉垣と整列した柱の形を望めば、ここに居並んだ諸国の大名の威儀ある服装と、秀麗なる貴族的容貌とを想像する。そして自分は比較する気もなく、不体裁なる洋服を着た貴族院議員が日比谷・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・私は立って行って、上から細かい網目の中を覗いた。そして、意外にも、餌壺に一粒の粟さえないのを発見した。 いつも、さくさくとした細やかな実が、八分目以上も盛られたのばかりを見馴れた自分の眼に、六寸程の直径を持った瀬戸物の白い底が、異様に冷・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・日本で文学の仕事に従った人が同時に時の権力の精神的、文化的指導者であったのは、極めて短い開化期の文化建設の時期に於てのみであって、明治文学が口語文の様式を堅めた頃は、既に文学者の生活は直接な政治経済の網目の中からは外へ押し出されてしまってい・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・現在、この網目は、ずたずたに切られ破られつつある。集団として経済、政治、文化の問題をとりあつかい、より社会化されつつあった言説の反面に、同じテムポで成熟するひまのなかった新しい労働者階級の人間性――階級的人格形成の問題がのこされていることは・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・世界の資本主義経済の網目のなかで、アメリカの富が次第にその国にとって持ちおもりのするものとなりつつある程度につれて、伝統的人道主義の理想は国際的表現にニュアンスを加えてきている。けれども、きょう真面目なアメリカの人々が、第三次の戦争を希望し・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・ ――ジョーン! 網目へ両手の指三本引かけて鼻をおっつけたまま子供には呼声が聞えもしない。山高をかぶった父親が小戻りして来た。 ――ジョン! ぎゅっと子供の手首を引っぱって網からはがした。彼の背広の襟の折りかえしが糸になって・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・丁度その時分から雪が降り出し、私が何かの物音で薄目をあけ、ついでそういう生活の条件の裡ではいつとなし習慣となっている動作で左手の高い窓を見上げると、細かい金網の網目のむこうで雪は益々盛に降りしきっている。次の日とその次の日、私は寝床についた・・・ 宮本百合子 「わが父」
野上豊一郎君の『能面』がいよいよ出版されることになった。昨年『面とペルソナ』を書いた時にはすぐにも刊行されそうな話だったので、「近刊」として付記しておいたが、それからもう一年以上になる。網目版の校正にそれほど念を入れていたのである。そ・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
出典:青空文庫