・・・しかし猫には夕飯まで喰わして出て来たのだからそれを気に掛けるでもないが、何しろ夫婦ぐらしで手の抜けぬ処を、例年の事だから今年もちょっとお参りをするというて出かけたのであるから、早く帰らねば内の商売が案じられるのである。ほんとうに辛抱の強い、・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・その枝に、さっきからじっと停って、ものを案じている烏があります。それはいちばん声のいい砲艦で、烏の大尉の許嫁でした。「があがあ、遅くなって失敬。今日の演習で疲れないかい。」「かあお、ずいぶんお待ちしたわ。いっこうつかれなくてよ。」・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・士の神学を挙げて二度これを満場に承認せしめこれを以て大前提とし次にビジテリアンがこれに背くことを述べて小前提とし最後にビジテリアンが故に神に背くことを断定し菜食なる小善の故に神に背くの大罪を犯すことを暗示致されました。実に簡潔明瞭なる所論で・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ この本をよみはじめた時代の思い出のなかで、ゴーリキイは、きょうのわたしたちにとって極めて暗示にとんだ回想をしている。わたしの生活はこのようにあんまり野蛮で苦しかったから、読む本は英雄的なものや、空想的なものが面白かった。そういう本をよ・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・「どうや、 母はんが偉う案じとる。 わしも、こんなやさかい、来んとよかろう云うたんやけど、行け行け云うたので出て来たんや。 さほどでもあらへんやないか、 やせ目も見えんやないか、なあ。 病後の様に髭を生やして・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 奥さんもなる程そうかと思って、強いて心配を押さえ附けて、今に直るだろう、今に直るだろうと、自分で自分に暗示を与えるように努めていた。秀麿が目の前にいない時は、青山博士の言った事を、一句一句繰り返して味ってみて、「なる程そうだ、なんの秀・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・それは大学を卒業した頃から、西洋へ立つ時までの、何か物を案じていて、好い加減に人に応対していると云うような、沈黙勝な会話振が、定めてすっかり直って帰ったことと思っていたのに、帰った今もやはり立つ前と同じように思われたのである。 新橋へ著・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・だが、自分はここではその点に触れることは暗示にとどめ、新感覚の内容作用へ直接に飛び込む冒険を敢てしようとするのである。さて、自分の云う感覚と云う概念、即ち新感覚派の感覚的表徴とは、一言で云うと自然の外相を剥奪し、物自体に躍り込む主観の直感的・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・ですが僕はこんなに気楽には見えてもあのように終りまで心にかけて、僕のようなものの行末を案じて下すった奥さまに対して、是非清い勇ましい人物にならなくッてはならないと、始終考えているんです。・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・彼らの活動は真生の面影を暗示する。しかしそれは彼ら自身の生活ではなかった。彼らは低い力と戦っている時にのみ強いのであった。 私は複雑な、深さの知れぬ人生のいろいろな力を思った。そして集中と純一との欠けている惨めな醜さを心に浮かべた。そこ・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫