・・・父の勘気がとけぬことが憂鬱の原因らしく、そのことにひそかに安堵するよりも気持の負担の方が大きかった。それで、柳吉がしばしばカフェへ行くと知っても、なるべく焼餅を焼かぬように心掛けた。黙って金を渡すときの気持は、人が思っているほどには平気では・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・おかた村の人が温泉へはいりにゆく灯で、温泉はもう真近にちがいないと思い込み、元気を出したのにみごと当てがはずれたことや、やっと温泉に着いて凍え疲れた四肢を村人の混み合っている共同湯で温めたときの異様な安堵の感情や、――ほんとうにそれらは回想・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・ 闇のなかでは、しかし、もしわれわれがそうした意志を捨ててしまうなら、なんという深い安堵がわれわれを包んでくれるだろう。この感情を思い浮かべるためには、われわれが都会で経験する停電を思い出してみればいい。停電して部屋が真暗になってしまう・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・Our birth is but asleep and forgetting. この句の通りです。僕等は生れてこの天地の間に来る、無我無心の小児の時から種々な事に出遇う、毎日太陽を見る、毎夜星を仰ぐ、ここに於てかこの不可思議・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・Full soon thy soul shall have her earthly freight,And custom lie upon thee with a weight,Heavy as frost, and dee・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・して『自然は決して彼を愛せし者に背かざりし』の句のごとき、そして“Therefore let the moonShine on thee in thy solitary walk;And let the misty mo・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・rs.Schopenhauer : Die Welt als Wille und Vorstellung.Stendhal : De l'amour.Russell : Marriage and morals.Ellen K・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・こよい死ぬる者にとってはふさわしからぬ安堵の溜息がほっと出て、かるく狼狽していたとき、蓬髪花顔のこの家のあるじが写真のままの顔して出て来られて、はじめての挨拶をかわしたのであったが、私には、はじめての人のようにも思われず、おととしの春にふと・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・一昨夜、突然、永野喜美代参り、君から絶交状送られたとか、その夜は遂に徹夜、ぼくも大変心配していた処、只今、永野よりの葉書にて、ほどなく和解できた由うけたまわり、大いに安堵いたしました。永野の葉書には、『太宰治氏を十年の友と安んじ居ること、真・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・すぐ眼をふせて、鼻眼鏡を右手で軽くおさえ、If it is, then it shows great promise and not only this, but shows some brain behind it. と一語ずつ区切っては・・・ 太宰治 「猿面冠者」
出典:青空文庫