・・・ ほっと安堵の吐息をもらした途端に、またもや別の変な不安が湧いて出た。なぜ伊村君は、私をサタンだなんて言ったのだろう。まさか私がたいへん善人であるという事を言おうとして、「あなたはサタンだ」なんて言い出したわけではなかろう。悪い人だとい・・・ 太宰治 「誰」
・・・ 彼らは、キリストと言えば、すぐに軽蔑の笑いに似た苦笑をもらし、なんだ、ヤソか、というような、安堵に似たものを感ずるらしいが、私の苦悩の殆ど全部は、あのイエスという人の、「己れを愛するがごとく、汝の隣人を愛せ」という難題一つにかかってい・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・解いて寝て、まあこれで、ここ暫くは寒い夜中に子供たちを起して防空壕に飛び込むような事はしなくてすむと思うと、これからさきに於いてまだまだ様々の困難があるだろう事は予想せられてはいても、とにかくちょっと安堵の溜息をもらしたという形であったので・・・ 太宰治 「薄明」
・・・田中寛二の、Man and Apes. 真宗在家勤行集。馬鹿と面罵するより他に仕様のなかった男、エリオットの、文学論集をわざと骨折って読み、伊東静雄の詩集、「わがひとに与ふる哀歌。」を保田与重郎が送ってくれ、わがひととは、私のことだときめて・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・と言ったら、なあんだというような力ない安堵に似た笑い声が聴衆の間にひろがりました。 これで、私の用事は、すんだのです。いや、それから生徒の有志たちと、まちのイタリヤ軒という洋食屋で一緒に晩ごはんをいただいて、それから、はじめて私は自由に・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・しかるに受賞者の作品を一読するに及び、告白すれば、私、ひそかに安堵した。私は敗北しなかった。私は書いてゆける。誰にも許さぬ私ひとりの路をあるいてゆける確信。 私、幼くして、峻厳酷烈なる亡父、ならびに長兄に叩きあげられ、私もまた、人間とし・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 第一日には頂上までの五分の一だけ登って引返し、第二日目は休息、第三日は五分の二までで引返し、第四日休息、アンド・ソー・オン。そうして第八日第九日目を十分に休養した後に最後の第十日目に一気に頂上まで登る、という、こういうプランで遂行すれ・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・最近に出版された John R. Freeman : Earthquake Damege and Earthquake Insurance を見ると、末広君が米国に招かれるに到った由来が明らかになっている。この本の第二十二章に地震研究方針に・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・その埋め合わせというわけでもないかもしれないが、昔から相当に戦乱が頻繁で主権の興亡盛衰のテンポがあわただしくその上にあくどい暴政の跳梁のために、庶民の安堵する暇が少ないように見える。 災難にかけては誠に万里同風である。浜の真砂が磨滅して・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ 結局シャーベットか何かを持って来たのでそれでやっとどうやら満足したらしく、傍観者の自分もそれでやっと安堵の思いをしたことであった。 その「つめたいアイスクリーム」の「つめたい」に特別のアクセントを置いて、なんべんとなく、泣くように・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
出典:青空文庫