・・・ようよう物が言えるようになったのでございます。『すまない。どうぞ堪忍してくれ。どうせなおりそうにもない病気だから、早く死んで少しでも兄きにらくがさせたいと思ったのだ。笛を切ったら、すぐ死ねるだろうと思ったが息がそこから漏れるだけで死ねない。・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・もちろんそれは文展についても言えることであり、すでに十何年の歴史を負っている事実でもあるから、今さらことごとしく問題にするには及ばないかも知れぬ。しかし僕の遠望観は、ぐるぐると回っている内に、結局この問題に帰着するのである。 何人も気が・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・その相違はわずかであるとも言えるが、しかし花の数が多いのであるから、ひどく花やかになったような気持ちがする。 何分かかかってその群落を通りぬけると、今度は紅蓮の群落のなかへ突き進んで行った。紅色が花びらの六、七分通りにかかっていて、底の・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
・・・てくる青春の情熱は、それにもかかわらず、ありのままのおのれを露呈するように迫ってくるが、しかしそういう激発があっても、普通の場合ならば傷痕を残さずにすむような出来事が、ここでは冷厳な現実のために、生涯癒えることのない大きい傷あとを残すことに・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
・・・病苦は病の癒えるまで、あるいは病が生命を滅ぼすまで続く。言を換えて言えば、病苦は続く間だけ続く。病気に罹った以上は誰でも最後まで苦しみ通すのである。耐忍するもしないもない。しかも我々は病苦に堪え得る人と堪え得ぬ人とを区別する。同じ病苦を受け・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫