・・・「そうすると、向うから、小さな女異人が一人歩いて来て、その人にかじりつくんです。弁士の話じゃ、これがその人の情婦なんですとさ。年をとっている癖に、大きな鳥の羽根なんぞを帽子につけて、いやらしいったらないんでしょう。」 お徳は妬けたん・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・ことに、フロックコオトに山高帽子をかぶった、年よりの異人が、手をあげて、船の方を招くようなまねをしていたのは、はなはだ小説らしい心もちがした。「君は泣かないのかい」 僕は、君の弟の肩をたたいて、きいてみた。「泣くものか。僕は男じ・・・ 芥川竜之介 「出帆」
・・・行って見ると狆を引張った妙な異人の女が、ジェコブの小説はないかと云って、探している。その女の顔をどこかで見たようだと思ったら、四五日前に鎌倉で泳いでいるのを見かけたのである。あんな崔嵬たる段鼻は日本人にもめったにない。それでも小僧さんは、レ・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・面白ずくに三馬や京伝や其磧や西鶴を偉人のように持上げても、内心ではこの輩が堂々たる国学または儒林の先賢と肩を列べる資格があるとは少しも思っていなかった。渠らの人物がどうのこうのというよりはドダイ小説や戯曲を尊重する気がしなかった。坪内逍遥や・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・すべての偉人の問いがそれに帰宗するように、日蓮もまたそれを問い、その解決のための認識を求めて修学に出発したのであった。 三 遍歴と立宗 十二歳にして救世の知恵を求めて清澄山に登った日蓮は、諸山遍歴の後、三十二歳の四月・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・と云って、当時の文学者としては相応な酬いを受けていた露伴氏の事を、羨んで話した事があったが、それほど貧しく暮さなければならない境涯で、そのためには異人の仕事をしたり、それから『平和』という宗教雑誌を編輯したりした事があるように記憶している。・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・巴里、若しくは日本高円寺の恐るべき生活の中に往々見出し得るこの種の『半偉人』の中でも、サミュエルは特に『失敗せる傑作』を書く男であった。彼は彼の制作よりも寧ろ彼の為人の裡に詩を輝かす病的、空想的の人物であった。未だ見ぬ太宰よ。ぶしつけ、ごめ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・しかも前記三氏の場合、その三偉人はおのおの、その時、奇妙に高い優越感を抱いていたらしい節がほの見えて、あれでは茶坊主でも、馬子でも、ぶん殴りたくなるのも、もっともだと、かえってそれらの無頼漢に同情の心をさえ寄せていたのである。殊に神崎氏の馬・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・僕の座席のとなりにいつも異人の令嬢が坐るのでねえ。このごろはそれがたのしみさ」言い終えたら、鼠のような身軽さでちょこちょこ走り去った。「ちえっ! 菊ちゃん、ビイルをおくれ。おめえの色男がかえっちゃった。佐野次郎、呑まないか。僕はつまらん・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・このたびの異人は万里のそとから来た外国人であるし、また、この者と同時に唐へ赴いたものもある由なれば、唐でも裁断をすることであろうし、わが国の裁断をも慎重にしなければならぬ、と言って三つの策を建言した。 第一にかれを本国へ返さるる事は上策・・・ 太宰治 「地球図」
出典:青空文庫