・・・というのは、むかし将軍御用の御茶壺を江戸まで持って来る、其の茶壺は茶壺の事ですから眼も鼻も有りは仕ませんし手も脚も動かしは仕ませんが、それでも其の威勢は大したもので、「下に居ろ、下に居ろ」の格をやって東海道を江戸へ来たものだそうです。そこで・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・太郎さんもみんなと一緒に、威勢よくその笹刈りに出かけて行ったはよかったが、腰をさがして見ると、鎌を忘れた。大笑いしましたよ。それでも村の若い者がみんなで寄って、太郎さんに刈ってあげたそうですがね。どうして、この節の太郎さんはもうそんなことは・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・料理方の人達はいずれも白い割烹着に手を通して威勢よく働き始めた。そこにはイキの好い魚を洗うものがある。ここには芋の皮をむき始めるものがある。広瀬さんは背広に長い護謨靴ばきでその間を歩き廻った。素人ながらに、近海物と、そうでない魚とを見分ける・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・れた顔を致しまして、なんだ、大谷がそんなひでえ野郎とは思わなかった、こんどからはあいつと飲むのはごめんだ、おれたちには今夜は金は百円も無い、あした持って来るから、それまでこれをあずかって置いてくれ、と威勢よく外套を脱いだりなんかするのでござ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・小生儀、異性の一友人にすすめられ、『めくら草紙』を読み、それから『ダス・ゲマイネ』を読み、たちどころに、太宰治ファンに相成候ものにして、これは、ファン・レターと御承知被下度候。『新ロマン派』も十月号より購読致し、『もの想う葦』を読ませて戴き・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ことにも異性のやさしき一語に。明朗完璧の虚言に、いちど素直にだまされて了いたいものさね。このひそやかの祈願こそ、そのまま大悲大慈の帝王の祈りだ。」もう眠っている。ごわごわした固い布地の黒色パンツひとつ、脚、海草の如くゆらゆら、突如、かの石井・・・ 太宰治 「創生記」
・・・すなわち、愛する異性と一体になろうとする特殊な性的愛。」 しかし、この定義はあいまいである。「愛する異性」とは、どんなものか。「愛する」という感情は、異性間に於いて、「恋愛」以前にまた別個に存在しているものなのであろうか。異性間に於いて・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・ばたばたと威勢よく七輪をあおぐ。「お皿を、三人、べつべつにしてくれ。」「へえ。もうひとかたは? あとで?」「三人いるじゃないか。」私は笑わずに言った。「へ?」「このひとと、僕とのあいだに、もうひとり、心配そうな顔をしたべ・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・そうして再びエンジンの爆音を立てて威勢よく軽井沢のほうへ走り去ったのであった。 九月初旬三度目に行ったときには宿の池にやっと二三羽の鶺鴒が見られた。去年のような大群はもう来ないらしい。ことしはあひるのコロニーが優勢になって鶺鴒の領域・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・第四ページは消防隊の繰り出す威勢のいいシーン。次は消防作業でポンプはほとばしり消防夫は屋根に上がる。おかしいのはポンプが手押しの小さなものである。次は二人の消防夫が屋根から墜落。勇敢なクジマ、今までに四十人の生命を助け十回も屋根からころがり・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
出典:青空文庫