スタンダアルとメリメとを比較した場合、スタンダアルはメリメよりも偉大であるが、メリメよりも芸術家ではないと云う。云う心はメリメよりも、一つ一つの作品に渾成の趣を与えなかった、或は与える才能に乏しかった、と云う事実を指したの・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・すべての偉大な人のように、五十歳を期として、さらに大踏歩を進められようとしていたから。○僕一身から言うと、ほかの人にどんな悪口を言われても先生にほめられれば、それで満足だった。同時に先生を唯一の標準にすることの危険を、時々は怖れもした。・・・ 芥川竜之介 「校正後に」
・・・これらの偉大な学者や実際運動家は、その稀有な想像力と統合力とをもって、資本主義生活の経緯の那辺にあるかを、力強く推定した点においては、実に驚嘆に堪えないものがある。しかしながら彼らの育ち上がった環境は明らかに第四階級のそれではない。ブルジョ・・・ 有島武郎 「片信」
・・・例えば大木の根を一気に抜き取る蒸気抜根機が、その成効力の余りに偉大な為めに、使い処がなくて、さびたまゝ捨てゝあるのを旅行の途次に見たこともある。少女の何人かを逸早く米国に送ってそれを北海道の開拓者の内助者たらしめようとしたこともある。当時米・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・すなわち彼には、人間の偉大に関する伝習的迷信がきわめて多量に含まれていたとともに、いっさいの「既成」と青年との間の関係に対する理解がはるかに局限的であった。そうしてその思想が魔語のごとく当時の青年を動かしたにもかかわらず、彼が未来の一設計者・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・歴史とは大人物の伝記のみとカーライルの喝破した言にいくぶんなりともその理を認むる者は、かの慾望の偉大なる権威とその壮厳なる勝利とを否定し去ることはとうていできぬであろう。自由に対する慾望とは、啻に政治上または経済上の束縛から個人の意志を解放・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ と見る、偉大なる煙筒のごとき煙の柱が、群湧いた、入道雲の頂へ、海ある空へ真黒にすくと立つと、太陽を横に並木の正面、根を赫と赤く焼いた。「火事――」と道の中へ衝と出た、人の飛ぶ足より疾く、黒煙は幅を拡げ、屏風を立てて、千仭の断崖を切・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・そこにて吻と呼吸して、さるにても何にかあらんとわずかに頭を擡ぐれば、今見し処に偉大なる男の面赤きが、仁王立ちに立はだかりて、此方を瞰下ろし、はたと睨む。何某はそのまま気を失えりというものこれなり。 毛だらけの脚にて思出す。以前読みし何と・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・に優等民族じゃと羨しく思わるる点も多い、中にも吾々の殊に感嘆に堪えないのは、彼等が多大の興味を以て日常の食事を楽む点である、それが単に個人の嗜好と云うでなく、殆ど社会一般の風習であって、其習慣が又実に偉大なる勢力を以て、殆ど神の命令かの如く・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・『帝諡考』の如き立派な大著を貢献されたのは鴎外の偉大な業績の一つである。考証家の極めて少ない、また考証の極めて幼稚な日本の学界は鴎外の巨腕に待つものが頗る多かった。鴎外が董督した改訂六国史の大成を見ないで逝ったのは鴎外の心残りでもあったろう・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
出典:青空文庫