・・・その最後の一句で又た皆がどっと笑った。「それで二人は」と岡本が平気で語りだしたので漸々静まった。「二人は将来の生活地を北海道と決めていまして、相談も漸く熟したので僕は一先故郷に帰り、親族に托してあった山林田畑を悉く売り飛ばし、その資・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・』 時田はほとんど一口も入れないで黙って聴いていたが、江藤がやっとやめたので、『その百姓家に娘はいなかったか、』と真顔で問うた。『アアいたいた八歳ばかしの。』何心なく江藤は答える。『そいつは惜しかった十六、七で別品でモデルに・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・「何故チュウて問われると困まるが、一口に言うと先生は苦労人だ。それで居て面白ろいところがあって優しいところがあるだ。先生とこう飲んでいると私でも四十年も前の情話でも為てみたくなる、先生なら黙って聴いてくれそうに思われるだ。島中先生を好ん・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・物質的清貧の中で精神的仕事に従うというようなことは夢にも考えられなくなる。一口にいえば、学生時代の汚れた快楽の習慣は必ず精神的薄弱を結果するものだ。そして将来社会的に劣弱者となって、自らが求めた快楽さえも得られないという、あわれむべき状態に・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ これはイタリアの恋愛詩人ダヌンチオの詩の一句である。畏きや時の帝を懸けつれば音のみし哭かゆ朝宵にして これは日本の万葉時代の女性、藤原夫人の恋のなやみの歌である。彼女は実に、××に懸想し奉ったのであった。稲つけ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・若し戦争について、それを真正面から書いていないにしても、戦争に対する作家の態度は、注意して見れば一句一節の中にも、はっきりと伺うことがある。それをも調べて、その作家が誰れの味方であったかを、はっきりして置くのは必要である。 従来、それら・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・と唄い終ったが、末の摘んで取ろの一句だけにはこちらの少年も声を合わせて弥次馬と出掛けたので、歌の主は吃驚してこちらを透かして視たらしく、やがて笑いを帯びた大きな声で、「源三さんだよ、憎らしい。」と誰に云ったのだか分らない・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・毛利が神主にもあらばこその一句は恐ろしい。 紹巴は時この公を訪うた。或時参って、紹巴が「近頃何を御覧なされまする」と問うた。すると、公は他に言葉もなくて徐ろに「源氏」とただ一言。紹巴がまた「めでたき歌書は何でござりましょうか」と問うた。・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・――と、この時今まで一口も云わずにいた上田のお母アが、皆が吃驚するような大きな声で一気にしゃべり出した。「んだとも! なア大川のおかみさん! おれ何時か云ってやろう、云ってやろうと思って待っていたんだが、お前さんとこの働き手や俺ンとこの一人・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・建増した奥の部屋に小さなチャブ台を控えて、高瀬は学士とさしむかいに坐って見た。一口やるだけの物がそこへ並んだ。 学士はこの家の子のことなどを親達に尋ねながら、手酌で始めた。「高瀬君、まあ話して行って下さいナ。ここは心易い家でしてネ、・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫