・・・――これは鎮守様へ参詣は、奈良井宿一統への礼儀挨拶というお心だったようでございます。 無事に、まずお帰りなすって、夕飯の時、お膳で一口あがりました。――旦那の前でございますが、板前へと、御丁寧にお心づけを下すったものでございますから私…・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・心の実験を真面目に表わしたものが英国第一等の文学であります。それだによってわれわれのなかに文学者になりたいと思う観念を持つ人がありまするならば、バンヤンのような心を持たなくてはなりません。彼のような心を持ったならば実に文学者になれぬ人はない・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・からぬことであったが、しかし、上林暁の書いている身辺小説がただ定跡を守るばかりで、手のない時に端の歩を突くなげきもなく、まして、近代小説の端の歩を突く新しさもなかったことは、私にとっては不満であった。一刀三拝式の私小説家の立場から、岡本かの・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・それも蓼食う虫が好いて、ひょんなまちがいからお前に惚れたとか言うのなら、まだしも、れいの美人投票で、あんたを一等にしてやるからというお前の甘言に、うかうか乗ってしまったのだ……と、判った時は、おれは随分口惜しかった。情けなかった。 あと・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 隊で逆立ちの一番下手なのは、大学出の白崎恭助一等兵だったから、白崎は落語家出身で浪花節の巧い赤井新次一等兵と共に、常に隊長の酒の肴になっていた。 おかげで、白崎は大学で覚えたことをすっかり忘れてしまうくらい、毎日逆立ちをやらされ、・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・そして結局一等いい鉛筆を一本買うくらいの贅沢をするのだった。しかしここももうその頃の私にとっては重くるしい場所に過ぎなかった。書籍、学生、勘定台、これらはみな借金取りの亡霊のように私には見えるのだった。 ある朝――その頃私は甲の友達から・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ あれから見ると同じ大学を出ても高山や長谷川は人間が一等上だのう、その中でも高山は余程見込がある男だぞ」 細川繁は黙って何にも言わなかった、ただ水面を凝視めている。富岡老人も黙って了った。 暫くすると川向の堤の上を二三人話しながら通・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・「この札は、栗島という一等看護卒が出したやつなんだ。俺れゃちゃんと覚えとる。五円札を出したんは、あいつだけなんだから、あいつがきっと何かやったんだな。」 彼は、自然さをよそおいつゝ人の耳によく刻みこまれるように、わざと大きな声を出した。・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ そこには、二人の一等卒が、正宗の四合壜を立てらして、テーブルに向い合っていた。ガーリヤは、少し上気したような顔をして喋っている。白い歯がちらちらした。薄荷のようにひりひりする唇が微笑している。 彼は、嫉妬と憤怒が胸に爆発した。大隊・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ フランス革命の梟雄マラーを一刀で刺殺して、「予は万人を救わんがために一人を殺せり」と、法廷で揚言した二十六歳の処女シャロット・コルデーは、処刑にのぞんで書をその父によせ、明白にこの意をさけんでいる。いわく「死刑台は恥辱にあらず。恥辱な・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫