・・・日本の芸術がフランスを一と廻わりして後にもう一遍日本へ帰って来たのである。 洋画でも日本画でも人物の顔をなるべくスチューピッドに描く事が近年の流行のようである。悪趣味であると思う。これが東京音頭の流行となんらかの関係があるかどうかは不明・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ 鳥や鼠や猫の死骸が、道ばたや縁の下にころがっていると、またたく間に蛆が繁殖して腐肉の最後の一片まできれいにしゃぶりつくして白骨と羽毛のみを残す。このような「市井の清潔係」としての蛆の功労は古くから知られていた。 戦場で負傷したきず・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・ S先生が生きてさえおられれば、もう一遍よく御尋ねして確かめる事が出来るのであるが残念なことには数年前に亡くなられたので、もうどうにも取返しがつかない。もしS先生の御遺族なりあるいは親しかった人達を尋ねて聞いて歩いたら、あるいはその断片・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・ 今から何万年の後に地球上の物理的条件が一変して再び犀かあるいは犀の後裔かが幅をきかすようになったとしたら、その時代の人間――もし人間がいるとしたら――の目にはこの犀がおそらく優美典雅の象徴のように見えるであろう。そういう時代が来ないと・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・東京市民を驚かせるような強震が二日に一度三日に一度ずつ襲って来るとしたらどうであろうか、市内の家屋構造は一変してしまい、地震研究所の官制は廃止になるであろう。 映画の世界では実際に、ある度までは、この時間の尺度が自由に変更されうるのは周・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・宿の主人は潜水業者であったが、ある日潜水から上がると身体中が痺れて動けなくなったので、それを治すためにもう一遍潜水服を着せて海へ沈めたりしたが、とうとうそれっきりになってしまった。自分等は離屋にいたのでその騒ぎを翌日まで知らなかった。その二・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・しかしもう一歩科学が進めば事情はおそらく一変するであろう。その時にはわれわれはもう少し謙遜な心持ちで自然と人間を熟視し、そうして本気でまじめに落ち着いて自然と人間から物を教わる気になるであろう。そうなれば現在のいろいろなイズムの名によって呼・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・しかしもう一歩科学が進めば事情はおそらく一変するであろう。その時には吾々はもう少し謙遜な心持で自然と人間を熟視し、そうして本気で真面目に落着いて自然と人間から物を教わる気になるであろう。そうなれば現在の色々なイズムの名によって呼ばれる盲目な・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ 二十年の学校生活に暇乞をしてから以来、何かの機会に『老子』というものも一遍は覗いてみたいと思い立ったことは何度もあった。その度ごとに本屋の書架から手頃らしいと思われる註釈本を物色しては買って来て読みかけるのであるが、第一本文が無闇に六・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・「おい、己ののも一遍調べてみておいておくれ」道太はからかうように言った。「かしこまりました」おひろは答えた。「いくらあるもんですか」お絹は言ったが、「お料理の方は辰之助さんがお持ちやそうですし、花代といったところで、たんともない・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫