・・・勇敢に清新な人間的の理想に燃える芸術が、百難を排して尚お興起するのを否むことができない。また、そうなくてはならない。 人間が生存する限り、生長が、社会のすべてに期待される。けれど、今日は、芸術――広く言えば文壇が、特に、私的生活と複雑な・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・自分が先生に向て自分の希望を明言した時に梅子は隣室で聞いていたに違いない、もし自分の希望を全く否む心なら自分が帰る時あんなに自分を慰める筈はない……」「梅子は自分を愛している、少くとも自分が梅子を恋ていることを不快には思っていない」との・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・これだけの功績はどう考えても否む事はできないと思う。たとえ彼の理論の運命が今後どうあろうとも、これだけは確かな事である。そこに彼の頭脳の偉大さを認めぬわけには行くまいと思う。 ナポレオンが運命の夕べに南大西洋の孤島にさびしく終わってもそ・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・その上にエネルギーの推移にまでも或る不連続性を否む事が出来なくなった。生物の進化でも連続的な変異は否定されて飛躍的な変異を認めなければならないようになった。 水の流れや風の吹くのを見てもそれは決して簡単な一様な流動でなくて、必ずいくらか・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・情あるあるじの子の、情深き賜物を辞むは礼なけれど……」「礼ともいえ、礼なしともいいてやみね。礼のために、夜を冒して参りたるにはあらず。思の籠るこの片袖を天が下の勇士に贈らんために参りたり。切に受けさせ給え」とここまで踏み込みたる上は、か・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ 社会の物質的な土台が生産にあることを否むものはない。生産面に働き、その働きに於て生活的・社会的な人間の評価をもつ人間が小説に描かれてゆくのならば、労働文学と何故呼ぶことが出来なかったのだろう。ここに極めて微妙なものがあると考えられる。・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ここにもやっぱり暗い野蛮と卑穢とがあるのみであったが、然し計らずもゴーリキイはこの労働の間で彼の人生修業にとって否むべからざる「最初の教師」にめぐりあったのである。ゴーリキイにとっての上役、料理番のスムールイという大力男が行李の中に何冊かの・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
・・・しかし稚拙ながらにも、あふれるように感情に訴えるものを持っていることは、否むわけに行かない。それについてまず第一にはっきりさせておきたいことは、この稚拙さが、原始芸術に特有なあの怪奇性と全く別なものだということである。わが国でそういう原始芸・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
・・・しかしその深淵のすみからすみまで行きわたっているある大いなる力と智慧との存在する事を、そうしてその力と智慧とが敏感な心に一瞬の光を投げることを否むわけに行かない。我々は不断に我々の生活の上にかかっている運命に対してこの一瞬間のために、敬虔な・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫