・・・勿論その秘密のが、すぐ忌むべき姦通の二字を私の心に烙きつけたのは、御断りするまでもありますまい。が、もしそうだとすれば、なぜまたあの理想家の三浦ともあるものが、離婚を断行しないのでしょう。姦通の疑惑は抱いていても、その証拠がないからでしょう・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・それは人間としての素質の低卑の徴候であって、青年として最も忌むべき不健康性である。健康なる青年にあってはその性慾の目ざめと同時に、その倫理的感覚が呼びさまされ、恋愛と正義とがひとつに融かされて要請されるものである。 さてかような倫理的要・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・という有為な青年に最も忌むべき傾向である。うち明けていえば、私はこの種の「薄っぺら」よりは、まだしも獲得の本能にもとづく肉慾追求の青年をとるものだ。「銀ぶら」「喫茶店めぐり」、背広で行くダンス・ホール、ピクニック、――そうした場所で女友を拾・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・すなわち、その恥ずべく、忌むべく、恐るべきは、刑で死ぬということにあるのではなくて、死者その人の極悪の性質、重罪のおこないにあるのではないか。 フランス革命の梟雄マラーを一刀で刺殺して、「予は万人を救わんがために一人を殺せり」と、法廷で・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・るのは必ず極悪の人、重罪の人たることを示す者だと信ずるが故であろう、死刑に処せらるる程の極悪・重罪の人たることは、家門の汚れ、末代の恥辱、親戚・朋友の頬汚しとして忌み嫌われるのであろう、即ち其恥ずべく忌むべく恐るべきは、刑に死すちょうことに・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・僕は自分の左脇にかかえるようにしてツネちゃんを療養所に連れ込み、医務室へ行った。出血の多い割に、傷はわずかなものだった。医者は膝頭に突きささっている鉛の弾を簡単にピンセットで撮み出して、小さい傷口を消毒し繃帯した。娘の怪我を聞いて父親の小使・・・ 太宰治 「雀」
・・・すでにその二年前の明治四十年、十一月十五日に陸軍々医総監に任ぜられ、陸軍省医務局長に補せられている。その前年の明治三十九年に、功三級に叙せられ、金鵄勲章を授けられ、また勲二等に叙せられ、旭日重光章を授けられているのである。自重しなければなら・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・十四、我身にとり物を忌むことなし。十五、兵具は格別、余の道具たしなまず。十六、道にあたって死を厭わず。十七、老後財宝所領に心なし。十八、神仏を尊み神仏を頼まず。十九、心常に兵法の道を離れず。 男子の模範とはまさに・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・いつの時代にか南洋またはシナからいろいろな農法が伝わり、一方ではまた肉食を忌む仏教の伝播とともに菜食が発達し、いつとなく米穀が主食物となったのではないかというのはだれにも想像されることである。しかしそうした農業がわが国の風土にそのまま適して・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・笈埃随筆では「この地は神跡だから仏具を忌むので、それで鉦や鈴は響かぬ」という説に対し、そんなばかな事はないと抗弁し「それならば念仏や題目を唱えても反響しないはずだのに、反響するではないか」などという議論があり、結局五行説か何かへ持って行・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
出典:青空文庫