・・・といって潮の満干を全く感じない上流の川の水は、言わばエメラルドの色のように、あまりに軽く、余りに薄っぺらに光りすぎる。ただ淡水と潮水とが交錯する平原の大河の水は、冷やかな青に、濁った黄の暖かみを交えて、どことなく人間化された親しさと、人間ら・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・怪しく動かない物である。言わば内容のない外被である。ある気味の悪い程可笑しい、異様な、頭から足まで包まれた物である。 フレンチは最後の刹那の到来したことを悟った。今こそ全く不可能な、有りそうにない、嫌な、恐ろしい事が出来しなくてはならな・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ 五 人は何とも言わば言え…… で渠に取っては、花のその一里が、所謂、雲井桜の仙境であった。たとえば大空なる紅の霞に乗って、あまつさえその美しいぬしを視たのであるから。 町を行くにも、気の怯けるまで、郷里・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・むかしものの物好で、稽古を積んだ巧者が居て、その人たち、言わば素人の催しであろうも知れない。狸穴近所には相応しい。が、私のいうのは流儀の事ではない。曲である。 この、茸―― 慌しいまでに、一樹が狂言を見ようとしたのも、他のどの番組で・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ と蔵の中に、何とやらと言った、その口の下……「手前じゃ、まあ、持物と言ったようなものの、言わばね、織さん、何んですわえ。それ、貴下から預かっているも同然な品なんだから、出入れには、自然、指垢、手擦、つい汚れがちにもなりやしょうで、・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・が、形は著しいものではない、胸をくしゃくしゃと折って、坊主頭を、がく、と俯向けて唄うので、頸を抽いた転軫に掛る手つきは、鬼が角を弾くと言わば厳めしい、むしろ黒猫が居て顔を洗うというのに適する。――なから舞いたりしに、御輿の岳、愛宕山・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・またここで話の皮を切ってしまわねばならぬと云う様な、はっきりした意識も勿論ないのだ。言わば未だ取止めのない卵的の恋であるから、少しく心の力が必要な所へくると話がゆきつまってしまうのである。 お互に自分で話し出しては自分が極りわるくなる様・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・しかしその少し強制がましい調子のなかには、自分の持っている欲望を、言わば相手の身体にこすりつけて、自分と同じような人間を製造しようとしていたようなところが不知不識にあったらしい気がする。そして今自分の待っていたものは、そんな欲望に刺戟されて・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・そして吉田の寐られないのはその気持のためで、言わばそれはやや楽しすぎる気持なのだった。そして吉田は自分の頬がそのために少しずつ火照ったようになって来ているということさえ知っていた。しかし吉田は決してほかを向いて寐ようという気はしなかった。そ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・上の方が明治十二年生まれの妻よりも育児の上においてむしろ開化主義たり急進党なることこそその原因に候なれ、妻はご存じの田舎者にて当今の女学校に入学せしことなければ、育児学など申す学問いたせしにもあらず、言わば昔風の家に育ちしただの女が初めて子・・・ 国木田独歩 「初孫」
出典:青空文庫