・・・「あ、いたた!」「うそうそ、そんなことで痛いものですか?」と、ふき出した。卦算の亀の子をおもちゃにしていた。「全体どうしてお前はこんなところにぐずついてるんだ?」「東京へ帰りたいの」「帰りたきゃア早く帰ったらいいじゃアな・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・猫はあたかも何事も起らなかったかのようにうそうそと橋の欄干を嗅いでいた。 女中に聞いてみると、この橋の袂へ猫を捨てに来る人が毎日のようにあって、それらの不幸なる孤児等が自然の径路でこの宿屋の台所に迷い込んで来るそうである。なるほど始めて・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・ いつか早稲田の応接間で先生と話をしていたら廊下のほうから粗末な服装をした変な男が酔っぱらったふうでうそうそはいって来て先生の前へすわりこんだと思うと、いきなり大声で何かしら失礼な口調でののしり始めた。あとで聞くとそれはM君が連れて来た・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・その時、一匹の小さなのら犬がトボトボと、人間には許されぬ警戒線を越えて、今にも倒壊する塔のほうへ、そんなことも知らずにうそうそひもじそうに焼け跡の土をかぎながら近寄って行くのが見えた。 ぱっと塔のねもとからまっかな雲が八方にほとばしりわ・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・と「うそうそ」とは五句目に当たる。『そらまめの花』の巻の「すたすた」と「そよそよ」は四句目に当たる。『梅が香』の巻の「ところどころ」と「はらはら」も四句目である。もちろんこれには規約的な条件も支配していると思われるが、心理的にこれらの口調が・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・「それはもちろんあたしもそうよ。だってスターにならなくたってどうせあしたは死ぬんだわ。」「あら、いくらスターでなくってもあなたの位立派ならもうそれだけで沢山だわ。」「うそうそ。とてもつまんない。そりゃあたしいくらかあなたよりあた・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
出典:青空文庫