・・・櫓を環る三々五々の建物には厩もある。兵士の住居もある。乱を避くる領内の細民が隠るる場所もある。後ろは切岸に海の鳴る音を聞き、砕くる浪の花の上に舞い下りては舞い上る鴎を見る。前は牛を呑むアーチの暗き上より、石に響く扉を下して、刎橋を鉄鎖に引け・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・一郎はすばやく帯をして、そして下駄をはいて土間をおり、馬屋の前を通ってくぐりをあけましたら、風がつめたい雨の粒といっしょにどっとはいって来ました。 馬屋のうしろのほうで何か戸がばたっと倒れ、馬はぶるっと鼻を鳴らしました。 一郎は風が・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 一郎はすばやく帯をしてそれから下駄をはいて土間に下り馬屋の前を通って潜りをあけましたら風がつめたい雨のつぶと一緒にどうっと入って来ました。馬屋のうしろの方で何かの戸がばたっと倒れ馬はぶるるっと鼻を鳴らしました。 一郎は風が胸の底ま・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・今までじっと立っていた馬は、この時一緒に頸をあげ、いかにもきれいに歩調を踏んで、厩の方へ歩き出し、空のそりはひとりでに馬について雪を滑って行きました。赤シャツの農夫はすこしわらってそれを見送っていましたが、ふと思い出したように右手をあげて自・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・子供らはかわるがわる厩の前から顔を出して「爺さん、早ぐお出や」と言って笑った。小十郎はまっ青なつるつるした空を見あげてそれから孫たちの方を向いて「行って来るじゃぃ」と言った。 小十郎はまっ白な堅雪の上を白沢の方へのぼって行った。 犬・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・バキチはすっかり悄気切ってぶらぶら町を歩きまわってとうとう夜中の十二時にタスケの厩にもぐり込んだって云うんです。 馬もびっくりしましたぁね、おどおどしながらはね起きて身構えをして斯うバキチに訊いたってんです。(誰バキチが横木の下の所・・・ 宮沢賢治 「バキチの仕事」
・・・ 家に帰って、厩の前から入って行きますと、お爺さんはたった一人、いろりに火を焚いて枝豆をゆでていましたので、亮二は急いでその向う側に座って、さっきのことをみんな話しました。お爺さんははじめはだまって亮二の顔を見ながら聞いていましたが、お・・・ 宮沢賢治 「祭の晩」
・・・広場の奥の大きい厩か納屋だったらしい建物があって、そこが、今はすっかり清潔に修繕されて、運動具置場になっている。「懸垂」などもそこにおかれている。 教室へ入って行って見ると、仕事着を着た男女生徒が、旋盤に向って注意深く作業練習をしている・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・自分の厩で飼い馴れた馬にとびのり「白」に向って突撃した農民の集団であった。南露に分散していた「赤のパルチザン」は、ブジョンヌイの第一騎兵隊の噂をきき、猟銃をかつぎ黒パンを入れた袋をかついで次から次へと集って来た。 広大なソヴェト同盟内の・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ちょうど主人の決心を母と妻とが言わずに知っていたように、家来も女中も知っていたので、勝手からも厩の方からも笑い声なぞは聞こえない。 母は母の部屋に、よめはよめの部屋に、弟は弟の部屋に、じっと物を思っている。主人は居間で鼾をかいて寝ている・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫