・・・本当にいい本必要な本しか売れにくくなったと。 ここに、生活の条件とぴったりあった人の考えかた、判断というものがあらわれているわけです。 きょう本を買うにしても、その判断を示す一冊の本の買いかたに私たちの今日もっている文化の水準も傾向・・・ 宮本百合子 「朝の話」
・・・「今日はもうこれ丈うれたのかい」とおっしゃるとだまったままでうなずいて一寸私の顔をぬすみ見てはよれよれになった袂の先をいじって居る。お祖母様は水色の封筒を四つと三本筆を一つ、細巻の状紙を一つ取って「いくらだい」とおっしゃると土間の石ころを見・・・ 宮本百合子 「同じ娘でも」
・・・五十万円、箇人が大阪の××工業に売り 元のオヤジは専務、 専務が細君のおじの友人レジスター 電気チクオン器の部分品、タイムレコーダー等、タイムレコーダー アメリカのイミで 国産より高いのでうれず「僕が一番売ってるんですよ・・・ 宮本百合子 「SISIDO」
・・・ 馬鹿女うれしそうに「はい」 ○肝癪のいろいろ 或中尉、ひどいカンシャクモチ 何かをカンにさえ、いきなり庭にお膳を放り出し、膳がひょいと立つと、それがシャクで、わざわざ出て下りて、ふみつけこわす。 ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・私はそれをうれしく思いながらいろんな事を話し合った。芝居――脚本そう云うはなしになると今までとはまるで違った真面目さと熱心で私の云うのをきいて居た。あしたの朝十時位までには帰らなくっちゃあならない事、また二十□(日には大阪まで行くんだからい・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・僕のかく画だって、実物ではないが、今年も展覧会で一枚売れたから、慥かに多少の価値がある。だから僕の画を本当だとするには、異議はない。そこでコム・シィはどうなるのだ。」「まあ待ち給え。そこで人間のあらゆる智識、あらゆる学問の根本を調べてみ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・「直ぐ売れてしまうで今やなきゃあかんぞな。銭なんていつでもええわ。上村の三造さんの嫁さんに頼まれてるのやで、姉やんが要らんだら持っていくけど。」「わしらそんな良えのしたかて、何処へも見せに行くところがないわ。」「そんなこと云うて・・・ 横光利一 「南北」
・・・丁度そういうように、ぼんやりおぼえてるあの時分のことを考うれば考えるほど、色々新しいことを思出して、今そこに見えたり聞えたりするような心持がします。いつかフト子供心に浮んだことを、たわいなく「アノ坊なんぞも、若さまのように可愛らしくなりたい・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・彼らを理解に導いて行く機会と設備とをさえ整えれば、――そうして国家が精神的才能の活用法に十分心を用うれば、――平民主義の下にもより美しい芸術の時代が現出し得るだろう。――この民衆教化が第二の任務である。 しかし現在露国の一部労働者が芸術・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
・・・言い変うれば「利己」を脱して精神的自覚の上に立ち汝の義務をなし果たせというにある。しかるに外面に表われたる道徳は形式と因襲に伝えられてその精神を忘れ去った。 現代にもたとえば「家庭」のごとく比較的清きものがある。あの大きなストーブを囲み・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫