・・・海上の船から山中の庵へ米苞が連続して空中を飛んで行ってしまったり、紫宸殿を御手製地震でゆらゆらとさせて月卿雲客を驚かしたりなんどしたというのは活動写真映画として実に面白いが、元亨釈書などに出て来る景気の好い訳は、大衆文芸ではない大衆宗教で、・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・青バスの後に映画のビラが貼られているのを見ると、一緒の同志が「出たら、第一番に活動を見たいな。」と云った。 時代錯誤な議事堂の建物も、大方出来ていた。俺だちはその尖塔を窓から覗きあげた。頂きの近いところに、少し残っている足場が青い澄んだ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・弟妹たちと映画を見にいって、これは駄作だ、愚劣だと言いながら、その映画のさむらいの義理人情にまいって、まず、まっさきに泣いてしまうのは、いつも、この長兄である。それにきまっていた。映画館を出てからは、急に尊大に、むっと不気嫌になって、みちみ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・どうやら、世の中から名士の扱いを受けて、映画の試写やら相撲の招待をもらうのが、そんなに嬉しいのかね。此頃すこしはお金がはいるようになったそうだが、それが、そんなに嬉しいのかね。小説を書かなくたって名士の扱いを受ける道があったでしょう。殊にお・・・ 太宰治 「或る忠告」
・・・店の食卓も、腰掛も、昔のままだったけれど、店の隅に電気蓄音機があったり、壁には映画女優の、下品な大きい似顔絵が貼られてあったり、下等に荒んだ感じが濃いのであります。せめて様々の料理を取寄せ、食卓を賑かにして、このどうにもならぬ陰鬱の気配を取・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・野の百合は如何にして育つかを思え、労せず、紡がざるなり、されど栄華を極めしソロモンだに、その服装この花の一つにも如かざりき。きょうありて明日、炉に投げ入れらるる野の草をも、神はかく装い給えば、まして汝らをや。汝ら、之よりも遥かに優るる者なら・・・ 太宰治 「鴎」
・・・こうして、じっと見ていると、ほんとうにソロモンの栄華以上だと、実感として、肉体感覚として、首肯される。ふと、去年の夏の山形を思い出す。山に行ったとき、崖の中腹に、あんまりたくさん、百合が咲き乱れていたので驚いて、夢中になってしまった。でも、・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・この故に『この世の君』であり、『この世の神』であって、彼は国々の凡ての権威と栄華とをもっている。」 ここに於いて、かの落第生伊村君の説は、完膚無き迄に論破せられたわけである。伊村説は、徹頭徹尾誤謬であったという事が証明せられた。ウソであ・・・ 太宰治 「誰」
・・・一方は下賤から身を起して、人品あがらず、それこそ猿面の痩せた小男で、学問も何も無くて、そのくせ豪放絢爛たる建築美術を興して桃山時代の栄華を現出させた人だが、一方はかなり裕福の家から出て、かっぷくも堂々たる美丈夫で、学問も充分、そのひとが草の・・・ 太宰治 「庭」
・・・この若く美しい夫人がスクリーンで見る某映画女優と区別の出来ないほどに実によく似ていた。 橋を渡る頃はまた雨になって河風に傘を取られそうであった。大きな丸太を針金で縛り合せた仮橋が生ま生ましく新しいのを見ると、前の橋が出水に流されてそのあ・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
出典:青空文庫