・・・彼は英語の海語辞典を片手に一頁ばかり目を通した後、憂鬱にまたポケットの底の六十何銭かを考えはじめた。…… 十一時半の教官室はひっそりと人音を絶やしている。十人ばかりの教官も粟野さん一人を残したまま、ことごとく授業に出て行ってしまった。粟・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・が、彼の机上にあるのはいつも英語の本ばかりだった。 偶像 何びとも偶像を破壊することに異存を持っているものはない。同時に又彼自身を偶像にすることに異存を持っているものもない。 又 しかし又泰然と偶像に・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 僕が英語が出来るというので、僕の家の人を介して、井筒屋の主人がその子供に英語を教えてくれろと頼んで来た。それも真面目な依頼ではなく、時々西洋人が来て、応対に困ることがあるので、「おあがんなさい」とか、「何を出しましょう」とか、「お酒を・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・これはまったく外からの雑りのない、もっとも純粋なる英語であるだろう」と申しました。そうしてかくも有名なる本は何であるかというと無学者の書いた本であります。それでもしわれわれにジョン・バンヤンの精神がありますならば、すなわちわれわれが他人から・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・窓から、あちらに遠くの森の頂が見えるお教室で、英語を先生から習ったのでした。 きけば、先生は、小さい時分にお父さんをおなくしになって、お母さんの手で育ったのでした。だから、この世の中の苦労も知っていらっしゃれば、また、どことなく、そのお・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・といって、銀の軸に小さな英語の彫ってあるのをじっと見ていますと、「こればかしは、いけないの。」と、お姉さんは念を押すようにおっしゃいました。「僕の持っているもの、お姉さんにあげるけどなあ。」と、良ちゃんは、いいました。「ほほほほ・・・ 小川未明 「小さな弟、良ちゃん」
・・・刺青をされて間もなく炭坑を逃げ出すと、故郷の京都へ舞い戻り、あちこち奉公したが、英語の読める丁稚と重宝がられるのははじめの十日ばかりで、背中の刺青がわかって、たちまち追い出されてみれば、もう刺青を背負って生きて行く道は、背中に物を言わす不良・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・蝶子はおかしいほど機嫌とって、「英語たらいうもんむつかしおまっしゃろな」女学生は鼻で笑うのだった。 ある日、こちらから頼みもしないのにだしぬけに白い顔を見せた。蝶子は顔じゅう皺だらけに笑って「いらっしゃい」駆け寄ったのへつんと頭を下げる・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ かかる際にお花と源造に漢書の素読、数学英語の初歩などを授けたが源因となり、ともかく、遊んでばかりいてはかえってよくない、少年を集めて私塾のようなものでも開いたら、自分のためにも他人のためにもなるだろうとの説が人々の間に起こって、兄も無・・・ 国木田独歩 「河霧」
一 今より六七年前、私はある地方に英語と数学の教師をしていたことがございます。その町に城山というのがあって、大木暗く茂った山で、あまり高くはないが、はなはだ風景に富んでいましたゆえ、私は散歩がてらいつも・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
出典:青空文庫