・・・ 道二つに岐れて左の方に入れば、頻都廬、賽河原、地蔵尊、見る目、かぐ鼻、三途川の姥石、白髭明神、恵比須、三宝荒神、大黒天、弁才天、十五童子などいうものあり。およそ一町あまりにして途窮まりて後戻りし、一度旧の処に至りてまた右に進めば、幅二・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・御覧なさいまし、『八犬伝』は結城合戦に筆を起して居ますから足利氏の中葉からです、『弓張月』は保元からですから源平時代、『朝夷巡島記』は鎌倉時代、『美少年録』は戦国時代です。『夢想兵衛胡蝶物語』などは、その主人公こそは当時の人ですが、これはま・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・ 不幸、短命にして病死しても、正岡子規君や清沢満之君のごとく、餓しても伯夷や杜少陵のごとく、凍死しても深草少将のごとく、溺死しても佐久間艇長のごとく、焚死しても快川国師のごとく、震死しても藤田東湖のごとくであれば、不自然の死も、かえって・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 不幸短命にして病死しても、正岡子規君や清沢満之君の如く、餓死しても伯夷や杜少陵の如く、凍死しても深艸少将の如く、溺死しても佐久間艇長の如く、焚死しても快川国師の如く、震死しても藤田東湖の如くならば、不自然の死も却って感嘆すべきではない・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・佐渡夷着、午後四時四十五分の予定。速力、十五節。何しに佐渡へなど行く気になったのだろう。十一月十七日。ほそい雨が降っている。私は紺絣の着物、それに袴をつけ、貼柾の安下駄をはいて船尾の甲板に立っていた。マントも着ていない。帽子も、かぶっていな・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・ 伯夷叔斉は旧悪を念わず、怨是を用いて希なり。わが魚容君もまた、君子の道に志している高邁の書生であるから、不人情の親戚をも努めて憎まず、無学の老妻にも逆わず、ひたすら古書に親しみ、閑雅の清趣を養っていたが、それでも、さすがに身辺の者から・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ちょっと恵比寿に似たようなところもあるが、鼻が烏天狗の嘴のように尖って突出している。柿の熟したような色をしたその顔が、さもさも喜びに堪えないといったように、心の笑みを絞り出した表情をしている。これが生きている人の本当の顔ならば、おそらく一分・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ これはたぶん商工業の繁昌を象徴する、例えば西洋の恵比須大黒とでも云ったような神様の像だろうと想像していたが、近頃ある人から聞くと、あれは男女の労働者を象ったものだそうである。これを聞いた時に私は微笑を禁ずる事が出来なかった。 ・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・其ノ創立ノ妓楼トイフモノハ則曰ク松葉屋、曰ク大黒屋、曰ク小川屋曰ク吉田屋曰ク金邑屋此ノ他局店ハ曰ク三福長屋、曰ク恵比寿長屋等各三四戸アリ。徒コレニ過ギズ。然ルニ皇制ノ余沢僻隅ニ澆浩シ維新以降漸次ソノ繁昌ヲ得タリ。乍チニシテ島原ノ妓楼廃止セラ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・「ビールはござりませんばってん、恵比寿ならござります」「ハハハハいよいよ妙になって来た。おい君ビールでない恵比寿があるって云うんだが、その恵比寿でも飲んで見るかね」「うん、飲んでもいい。――その恵比寿はやっぱり罎に這入ってるんだ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫