・・・沖から帰ると、獲物を焼いて三匹の猫に御馳走をしてやる。猫は三毛と黒と玉。夜中に婆さんが目を醒した時、一匹でも足りないと、家中を呼んで歩くため、客の迷惑する事も時にはある。この婆さんから色々の客の内輪の話も聞かされた。盗賊が紳商に化けて泊って・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・それを知っているB君は、今日私を見ると、ちょうどいい獲物が掛かったと思って連れて来たのである。 B君のこの仕方は、悪意に解釈すれば私にとってあまり快くは思われない種類のものであった。しかしこの人の剽軽で学者らしく無邪気な、そしてどこか親・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・だんだん得物の増して行くのをのぞき込んで、頬を赤くしてうれしそうな溶けそうな顔をする。争われぬ母の面影がこの無邪気な顔のどこかのすみからチラリとのぞいて、うすれかかった昔の記憶を呼び返す。「おとうさん、大きなどんぐり、こいも/\/\/\/\・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・大弓を提げた偉大の父を真先に、田崎と喜助が二人して、倒に獲物を吊した天秤棒をかつぎ、其の後に清五郎と安が引続き、積った雪を踏みしだき、隊伍正しく崖の上に立現われた時には、私はふいと、絵本で見る忠臣蔵の行列を思出し、ああ勇しいと感じた。然し真・・・ 永井荷風 「狐」
・・・鳥さしは菅笠をかぶり、手甲脚絆がけで、草鞋をはき、腰に獲物を入れる籠を提げ、継竿になった長い黐竿を携え、路地といわず、人家の裏手といわず、どこへでも入り込んで物陰に身を潜め、雀の鳴声に似せた笛を吹きならし、雀を捕えて去るのである。 鳥さ・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・上がり詰めた上には獲物もなくて下り路をすら失うた。女は驚ろいた様もなく、うろうろする黒きものを、そと白き指で軽く払い落す。落されたる拍子に、はたと他の一疋と高麗縁の上で出逢う。しばらくは首と首を合せて何かささやき合えるようであったが、このた・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・源因は私ならぬ政治上の紛議の果とも云い、あるは鷹狩の帰りに獲物争いの口論からと唱え、又は夜鴉の城主の愛女クララの身の上に係る衝突に本づくとも言触らす。過ぐる日の饗筵に、卓上の酒尽きて、居並ぶ人の舌の根のしどろに緩む時、首席を占むる隣り合せの・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・かような獲物はとてもわが郷里などでは得られる者ではないので、その分量の多きことにおいて、その茎の長きことにおいて、彼は頻りに誇って居る。この短い土筆は、始めのうち取ったので秉さんに笑われたのである、この長い土筆は帰りがけに急いで取ったので、・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ そして日あたりのいい南向きのかれ芝の上に、いきなり獲物を投げだして、ばさばさの赤い髪毛を指でかきまわしながら、肩を円くしてごろりと寝ころびました。 どこかで小鳥もチッチッと啼き、かれ草のところどころにやさしく咲いたむらさきいろのか・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
・・・この知的な武器の力を、ジイドは明らかに波瀾の多い生活からの獲物として自ら知っていた。ところが、一方に告白されているような政治的、経済的無識が彼の現実を見る目を支配しているのであるから、ジイドは基本的なところで先ず自己撞着に陥り、観念の中で、・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
出典:青空文庫