・・・影法師か何か知らんが、汝等三人の黒い心が、形にあらわれて、俺の邸の内外を横行しはじめた時だ。侍女 御免遊ばして、御前様、私は何にも存じません。紳士 用意は出来とる。女郎、俺の衣兜には短銃があるぞ。侍女 ええ。紳士 さあ、言え・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・「オルムスの大会で王侯の威武に屈しなかったルーテルの胆は喰いたく思わない、彼が十九歳の時学友アレキシスの雷死を眼前に視て死そのものの秘義に驚いたその心こそ僕の欲するところであります。「勝手に驚けと言われました綿貫君は。勝手に驚けとは・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・「やりましょうとも。王侯貴人の像をイジくるよりか、それはわが党の『加と男』のために、じゃアない、ためにじゃアない、「加と男」をだ、……をだをだ、……。だから承知しましたよ。承知の助だ。加と公の半身像なんぞ、目をつぶってもできる。これは面・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・の百姓を見てもすぐと理屈でやり込めるところから敬して遠ざけられ、狭い田の畔でこの先生に出あう者はまず一丁前から避けてそのお通りを待っているという次第、先生ますます得意になり眼中人なく大手を振って村内を横行していた。 その家は僕の家から三・・・ 国木田独歩 「初恋」
・・・あきらめじゃない。王侯のよろこびだよ」ぐっと甘酒を呑みほしてから、だしぬけに碾茶の茶碗を私の方へのべてよこした。「この茶碗に書いてある文字、――白馬驕不行。よせばいいのに。てれくさくてかなわん。君にゆずろう。僕が浅草の骨董屋から高い金を出し・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・私たちは芸術家だ。王侯といえども恐れない。金銭もまたわれらに於いて木葉の如く軽い。 太宰治 「ロマネスク」
・・・が少しはある。 来年あたりから試しに帝展の各室に投票函を置き、「いけない」と思う絵を観客に自由に遠慮なく投票をさせて、オストラキズムの真似をしたらどうかと思う。推賞する方の投票だと「運動」が横行して結果は無意味に終るにきまっているが、排・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ 過去のある時代には犀のようなものが時を得顔に横行したこともあったのである。その時代の環境のいかなる要素が彼らの生存に有利であったかがおもしろい問題である。 今から何万年の後に地球上の物理的条件が一変して再び犀かあるいは犀の後裔かが・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・後者のままごと式の野営生活もたしかに愉快でもありまたいろいろな意味で有益ではあろうが、しかし、前者の体験する三昧の境地はおそらく王侯といえども味わう機会の少ないものであって、ただ人類の知恵のために重い責任を負うて無我な真剣な努力に精進する人・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・手甲、脚絆、たすきがけで、頭に白い手ぬぐいをかぶった村嬢の売り子も、このウルトラモダーンな現代女性の横行する銀座で見ると、まるで星の世界から天降った天津乙女のように美しく見られた。 子供の時分に、郷里の門前を流れる川が城山のふもとで急に・・・ 寺田寅彦 「試験管」
出典:青空文庫