・・・今も言おう、この時言おう、口へ出そうと思っても、朝、目を覚せば俺より前に、台所でおかかを掻く音、夜寝る時は俺よりあとに、あかりの下で針仕事。心配そうに煙管を支いて、考えると見ればお菜の献立、味噌漉で豆腐を買う後姿を見るにつけ、位牌の前へお茶・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・そのおかかえ作家、太宰治へ。太宰治君。誰も知るまいと思って、あさましいことをやめよ。自重をおすすめします。」 月日。「太宰さん。私も一、二夜のちには二十五歳。私、二十五歳より小説かいて、三十歳で売れるようになって、それから、家の・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・僕は小石川の家に育てられた頃には「おととさま、おかかさま」と言うように教えられていた。これは僕の家が尾張藩の士分であった故でもあろうか。其の由来を審にしない。 お民は談話が興に乗ってくると、「アノあたいが」と言いかけて、笑いながら「わた・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ 切角いらっしゃったのだから記念に何かお一つ御書きなすってと云う。おかかせなさってと云うことなのである。 無心で、猫の頭を撫でて居る老人に、かかせては自分で食って居るようでいやだったので、何とも云わずに居る。 ◎ハッとして息・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
出典:青空文庫