・・・到底起きる気がしないから、横になったまま、いろいろ話していると、彼が三分ばかりのびた髭の先をつまみながら、僕は明日か明後日御嶽へ論文を書きに行くよと云った。どうせ蔵六の事だから僕がよんだってわかるようなものは書くまいと思って、またカントかと・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・ 渠が寝られぬ短夜に……疲れて、寝忘れて遅く起きると、祖母の影が見えぬ…… 枕頭の障子の陰に、朝の膳ごしらえが、ちゃんと出来ていたのを見て、水を浴びたように肝まで寒くした。――大川も堀も近い。……ついぞ愚痴などを言った事のない祖母だ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・こんな有様で、昼夜を分たず、ろくろく寝ることもなければ、起きるというでもなく、我在りと自覚するに頗る朦朧の状態にあった。 ちょうどこの時分、父の訃に接して田舎に帰ったが、家計が困難で米塩の料は尽きる。ためにしばしば自殺の意を生じて、果て・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
一「満蔵満蔵、省作省作、そとはまっぴかりだよ。さあさあ起きるだ起きるだ。向こうや隣でや、もう一仕事したころだわ。こん天気のえいのん朝寝していてどうするだい。省作省作、さあさあ」 表座敷の雨戸をがらがらあ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 十月十六日政夫民子様 学校へ行くとは云え、罪があって早くやられると云う境遇であるから、人の笑声話声にも一々ひがみ心が起きる。皆二人に対する嘲笑かの様に聞かれる。いっそ早く学校へ行ってしまいたくなった。決心が定まれば元・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 二一 子供の起きるのは早い。翌朝、僕が顔を洗うころには、もう、飯を済ましていた。 「お帰りなさい」とも、何とも言わないで、軽蔑の様子が見えるようだ。口やかましいその母が、のぼせ返って、僕の不始末をしゃべるのをそ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・少年時代からの親交であって度々鴎外の家に泊った事のある某氏の咄でも、イツ寝るのかイツ起きるのか解らなかったそうだ。 鴎外の花園町の家の傍に私の知人が住んでいて、自分の書斎と相面する鴎外の書斎の裏窓に射す燈火の消えるまで競争して勉強するツ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・そうすると翌朝彼の起きない前に下女がやってきて、家の主人が起きる前にストーブに火をたきつけようと思って、ご承知のとおり西洋では紙をコッパの代りに用いてクベますから、何か好い反古はないかと思って調べたところが机の前に書いたものがだいぶひろがっ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ すると、あちらの方から、「この寒い朝、そんなに早くから起きるものはないだろう。みんな床の中に、もぐり込んでいて、そんな汽笛の音に注意をするものはない。それを注意するのは、貧しい家に生まれて親の手助けをするために、早くから工場へいっ・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・ 彼は、朝起きると、入り口に、大きな白い羽の、汚れてねずみ色になった、いままでにこんな大きな鳥を見たこともない、鳥の死んだのが、壁板にかかっているのを見てびっくりしました。「これはなに?」と、太郎は、目を円くして問いました。「こ・・・ 小川未明 「大きなかに」
出典:青空文庫