・・・何でも買いなの小父さんは、紺の筒袖を突張らかして懐手の黙然たるのみ。景気の好いのは、蜜垂じゃ蜜垂じゃと、菖蒲団子の附焼を、はたはたと煽いで呼ばるる。……毎年顔も店も馴染の連中、場末から出る際商人。丹波鬼灯、海酸漿は手水鉢の傍、大きな百日紅の・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・「小父さんもう歩行けない。見なさる通りの書生坊で、相当、お駄賃もあげられないけれど、中の河内まで何とかして駕籠の都合は出来ないでしょうか。」「さればの。」耳にかけた輪数珠を外すと、木綿小紋のちゃんちゃん子、経肩衣とかいって、紋の着いた袖なし・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・ 五 その鯉口の両肱を突張り、手尖を八ツ口へ突込んで、頸を襟へ、もぞもぞと擦附けながら、「小母さん、買ってくんねえ、小父的買いねえな。千六本に、おなますに、皮剥と一所に出来らあ。内が製造元だから安いんだぜ。大・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・さねて持って出た婦は、と見ると、赭ら顔で、太々とした乳母どんで、大縞のねんね子半纏で四つぐらいな男の児を負ったのが、どしりと絨毯に坊主枕ほどの膝をつくと、半纏の肩から小児の顔を客の方へ揉出して、それ、小父さんにをなさいと、顔と一所に引傾げた・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・(――いい由村越 さあ、小父さん、とにかくあちらで。何からお話を申して可いか……なにしろまあ、那室へ。七左 いずれ、そりゃ、はッはッはッ、御馳走には預るのじゃ、はッはッはッ。遠慮は不沙汰、いや、しからば、よいとまかせのやっとこな。(・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・矢切の斎藤と云えば、この界隈での旧家で、里見の崩れが二三人ここへ落ちて百姓になった内の一人が斎藤と云ったのだと祖父から聞いて居る。屋敷の西側に一丈五六尺も廻るような椎の樹が四五本重なり合って立って居る。村一番の忌森で村じゅうから羨ましがられ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ あらア荒場の伯父さんだよって、母子が一所にそういって、小牛洗いはそこそこにさすが親身の挨拶は無造作なところに、云われないなつかしさが嬉しい、まア伯父さんこんな形では御挨拶も出来ない、どうぞまア足を洗って下さい、そういうより早く水を汲ん・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・その数のうちには、トルストイのような自髯の老翁も見えれば、メテルリンクのようなハイカラの若紳士も出る。ヒュネカのごとき活気盛んな壮年者もあれば、ブラウニング夫人のごとき才気当るべからざる婦人もいる。いずれも皆外国または内国の有名、無名の学者・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・すると何処からか聞きつけて「伯父さん、絵を描いておくれ」と五厘を持って来る児供があった。コイツ面白いと、恭やしく五厘を奉書に包んで頼みに来る洒落者もあった。椿岳は喜んで受けて五厘の潤筆料のため絵具代を損するを何とも思わなかった。 尤もそ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・であるから『書生気質』や『妹と背鏡』を見て、文学士などというものは小説が下手なものだと思ったばかりであるが、親だとか伯父だとかが私が小説に耽溺するのを頻りに喧ましくいって「下らぬ戯作などを読む馬鹿があるか」と叱られるたんびには坪内君を引合に・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
出典:青空文庫